#4 弱肉強食のロゴス
【#4】
翌日。
「という経緯がありまして」
「それで私が呼ばれたのね」
〈創造主なら間違いないもんな!〉
コ・コート森丘地帯を進むのはアクセルリス、トガネ、そして『知識』の魔女。それはもちろんアイヤツバスだ。
「カーネイルはどうしたの?」
「『異形』の方を連れてきています。どうにもスケジュールが合わなかったようで、若干遅れてしまうそうな」
「忙しいからね、彼女」
〈出歩くのも大変そうだしな……〉
会話と共に丘を進み、森が見えて来る。
それと同時に。
「……何か聞こえるわね」
「聞こえてきましたね。近いです」
うっすらと、雄叫びと破砕音が響いてくる。それはアクセルリスが昨日聞いたものと同じ。
そのまま歩き続け、音は次第に大きくなり。
「……居た」
一行は、それを見た。
乱暴に切り倒された無数の木々。そして、その中央で暴れまわる、一人の魔女。
「────アアアアアァァァァァァァーッ!!!」
絶叫と共に、歪な形をした斧を振り回す魔女。その様子は昨日の再生かと見紛うほどだ。
ただ一つ違うのは、もう一つの頭が、縛られていない事。
「あれが?」
「はい。彼女が背反の魔女アントホッパーです」
「──誰か! ワタシを! 呼んだかァーーーーーーーーー!?」
「──その声は!」
己の名に過敏に反応し、視線を向けるアントホッパー。
「あぁ!? テメエは昨日の……!」
「来て下さったのですね……!」
二人のアントホッパーは、それぞれ正反対の反応を見せる。
「よく分からねえが! 『私』に何か吹き込んだらしいな! 生きて帰れると思うなよ!」
「お気を付けください……いえ、『ワタシ』ではなく」
同時に放たれる言葉。それらは重なり不協和音となるが、アクセルリスは的確に『善』側の言葉を拾い上げる。
「気を付ける……? 何が……」
だが疑問には至らなかった。答えは、既に見えていたからだ。
「──ッ!」
『それ』を視認するや否や、三本の槍を生み出し、発射する。
アントホッパー目掛けて放たれた一槍は、やはり昨日の様に弾かれる。
そして。残りの二本も、それぞれの得物──逆手持ちの長刀と太刀によって、防がれた。
「……またお前たちか。何度も何度も、飽きない連中」
「悪いね。ボクも生半可な気持ちじゃないんだよ」
最早言うまでも無く、それはゲブラッヘとバースデイだった。
「一応アントホッパーも魔女枢軸の仲間なんでな! 仲間は大事だ! だから守る!」
「ふざけた事を……私の意見など、聞きもしなかった癖に」
「でもなぁ。あんたはちゃんと同意したからな!」
「然り……然り然り然り! ワタシが望んだのだ……! 破壊を! 破壊を! 理不尽な世界への、反旗を!」
そう叫び、アントホッパーは駆ける。歪んだ斧を振り上げ、アクセルリスを狙う。
「!」
アクセルリスはそれを見たが、動くことはしなかった。
何故か。
「反旗……を……!?」
それは、アントホッパーが多重の魔法陣によって捕縛されたのを見たからだ。
「お師匠サマ」
「たまには師匠っぽい事しないと、ね」
当然、それはアイヤツバスの魔法陣に他ならない。
アクセルリスの師が彼女の陰から現れたのを見て、ゲブラッヘは目を細めた。
「何……?」
その表情に、いつもの様な不敵さは無く。
「おっと! アイヤツバス様の出現か! これは驚いた!」
豪胆にそう言ってのけるバースデイへ、おもむろに背を向けた。
「お? どうしたゲブラッヘ」
「急用ができた。帰る」
返答を待つ間もなく、ゲブラッヘは姿を消した。
「は……? どうしたあいつ」
「あら、あらあら」
疑問に瞳を歪めるアクセルリス。その背後で、アイヤツバスは変わらずに微笑み続けていた。
「……ま、あんな奴どうでもいいか。となれば、お前ひとりだ」
槍を構え、その切先をバースデイへ向けた。
「まあ、そんな時もあろうよ!」
バースデイもまた、太刀を構える。
「お師匠サマ、アントホッパーを連れて下がってください」
「分かったわ。頑張ってね、アクセルリス、トガネ」
「了解です!」
〈任せろ!〉
アイヤツバスが身を退く。それを見届けたのち──アクセルリスは敵を屠るべく、駆けた。
「ハハハ! 相も変わらず生きが良い!」
「当然だ! 私は、死にたくないから!」
撃ち合いながら叫ぶ。ぶつけるのは刃にあらず、エゴなり。
「いいねいいねぇその感じ! ギタついた奴は嫌いじゃない!」
「お前に好かれようとも思ってない!」
信念を宿した強い一撃、バースデイを押し除ける。
「まあまあ、甘んじろ! 人に好かれるってえのはイージーじゃないんだから、さぁ!」
太刀を垂直に振り下ろす。当然アクセルリスも黙って両断されるつもりもなく、交差させた槍でそれを受け止める。
「ならば諸共に!」
「させないよ! トガネ!」
〈了解だぜーッ!〉
アクセルリスは己を護る槍の支配をトガネに託す。それをやればこそ、彼女の両手は自由になる。
「何!」
「せいッ!」
鋭い掌底がバースデイに叩き込まれる。
「ぐっ……!」
顔を苦痛に歪め、一歩二歩と後ずさる。その過程で太刀を手放してしまう。
「やっちゃえ、トガネ!」
〈任せろ!〉
手放された得物がどうなるか。それは先日のアントホッパーが実証している。
〈喰らえーっ!〉
影の魔物による、太刀の投擲。威力も、速度も、精度も、申し分ない。
「く……なかなかやる……!」
バースデイがとった行動は、ブリッジ回避だ。
「そう! お前はそれをやるしかない!」
「──!」
それは既にアクセルリスの手中にあった。
空を見ているバースデイの視界に、銀色の残酷が映り込む。
「全て……想定済みか……!」
「せいやーッ!」
大地をも抉るような、肘の一撃。
「ぐ────」
重力と回転を過剰なほど破壊力へと還元したそれが、バースデイに喰らい付いた。
「──ああぁぁーーーーッ!」
地に叩き付けられ、吹き飛び、転がるバースデイ。
だが。
「……ぐ……う。なかなか……強烈な一撃だった……!」
あれだけの衝撃を受けながらも、彼女は立ち上がったのだ。
「なんてタフな奴!」
「ハハハ……! バイタルには自信があってね……!」
そう言って笑う手には太刀が戻っている。
「……とはいえ、手痛いのは事実だ」
よろめき片膝を付く。苦しげな表情は偽りではないようだ。
「仕方ない……アレを使うかな」
そう言ってバースデイは、大地に手を付け──魔力を注ぐ。
「何だ……?」
アクセルリスが警戒を強め、槍を構える中、変わらず魔力を注ぎ続ける。
そして。
「よいしょーっ!」
地面より眼の無い竜を引きずり出した。彼女の魔法により生み出される使い魔である。
バースデイは、その使い魔を容赦なく使い捨てる。アクセルリスは不安を感じ、さらに深く身構える。
「まあ、そんな怖い眼で見るなよな。大したことじゃないからさ」
そう言って、バースデイは笑う。
そして、竜を掴むその腕に力を籠める。。
「A……AAGHHHH……!」
竜が呻き始める。それが苦痛によるものであることは、誰の目にも明らかだ。
〈なんだ……なんだアレ……!?〉
トガネが怯える中、バースデイと竜に変化が顕れる。
「AGGGGGGGG…………!」
竜の体が、甲殻や鱗や爪といったものが、溶けてバースデイに吸収されゆく。
そしてバースデイの体に、鎧が生成されてゆく。その形はまるで竜を有機的に取り込んでいるような──否、実際に取り込んでいる。
「……」
アクセルリスは息を呑む。目を疑うべき光景が、おぞましく生を受け継いでいく光景が、彼女の目の前で繰り広げられている。
やがて。
「……フゥゥゥーッ! これで万全だ」
竜の姿は完全に消え、バースデイの右胸から肩、腕にかけて立派な鎧が完成していた。
「……お前、何を」
「見ての通り、私の使い魔を取り込んだ」
「自分で生んだ命を、自分のためだけに消費したと……?」
「その通りだが、何か問題でもあるか?」
バースデイは首を傾げる。
「私が生んだものだ、どう扱おうと私の勝手だと、以前言ったと思うが」
「違う……! どんな形であれ、命は他者が好きなように使っていいものじゃない……!」
「……わからんね、お互いに」
溜息つき、目を伏せる。
「お前なら分かるだろう、アクセルリス。弱きものは、強きものが生きるための糧となる。私はただそれだけのことをした」
「違う!」
強く声を荒げるアクセルリス。
「命っていうのは……生きるっていうのは! もっと尊くて、輝いて、汚いものなんだ!」
〈主……〉
「互いが生きるために殺し合い、そして生き、死ぬ! それが命なんだ! お前のやってることは違う! お前が……お前が命を語るなッ!」
それは叫び。命の叫び。
「……私には、違いが分からんけどなぁ」
バースデイは興味なさげに、つまらなそうにそう言う。
「なら、どちらが正しいか、試してみるか」
太刀を構える。
「お前のやり方は……私が否定する! しなきゃいけない!」
槍を構える。
「…………はぁッ!」
僅かな静寂の後、両者は同時に駆けた。
【続く】