#3 旅路を嘆く者
【#3】
「……さて」
座り込むアントホッパーを見下ろす二人。
間違いなく気絶している。だが。
「──! ──!」
その首から生える謎の球体からは、呻き声が絶えず。
「アクセルリス様」
「そうですね。とりあえず……中を見てみましょうか」
言うも早く、カーネイルはナイフで素早く鎖を切り裂いた。
「────」
そして、中より現れたのは。
「──ああ、ああ、助かった。とても助かりました。感謝しきれないほどです」
アクセルリスの予想通り、それは「頭」だった。
「恩人よ、どうかお名前をお聞かせ下さい」
「私は邪悪魔女アクセルリス。調査のためにここに来ています」
〈使い魔のトガネだ!〉
「秘書のカーネイルでございます」
「なんと、邪悪魔女……! 魔女機関の方々に救われるとは、まさに幸運……!」
声を震わせながら感極まる。
「あなたは……?」
「失礼、申し遅れました。私はアントホッパー。称号は《背反の魔女》。御覧の通り、少しばかり事情持ちなのですが、私の話をどうか聞いて下さりますでしょうか、心優しき魔女がた」
「是非お願いします。私達も情報が欲しいもので」
「では話させていただきます」
黒髪のアントホッパーはかしこまった様子を見せ。
「しかし如何せん何処から話し出せばいいものか分からないですが、ひとまず私の身の上話、魔女アントホッパーの生誕からお話いたします」
そうして話を始めたのは、魔女としての生い立ちからだった。
「私アントホッパーが魔女になったのは、半年ほど前でした。師の元で数年ほど修行を積み、そうして天啓の神殿へ赴き、正式に称号を授かり魔女になったのです」
「普通だ」
「普通ではなかったのは、その称号でありました」
アントホッパーの表情が曇る。そしてカーネイルが言った。
「貴女の称号は、確か《背反》」
「ええ。その《背反》という称号が一際の曲者でありました。私に与えられた魔法、それは『分離』の力だったのです」
「分離……」
「お判りでしょう。その称号が齎す作用により、私アントホッパーの精神が二つに分離、それぞれを宿す頭として二つに分かれてしまったのです」
〈そんなことも、あるのか……〉
怖気づくトガネ。
「大雑把に、とても大雑把に分けてしまえば、私は『善』と『悪』に分かれたのです。私が『善』側のアントホッパーであります」
「確かに、話し方からそう感じる。さっきの方も考えるとなおさらだ」
「そして悲運な事に、私の体の所有権を有するのは基本的に『悪』側だったのです。私には体を支配するほどの独善性は失われてしまった!」
アントホッパーの声は悲しみに暮れる。
「そして享楽、暴力、憤怒を司るもう一人の私は、このように精神が二つに分離し頭も二つになるという状況を、黙って受け入れるはずもなく」
「故に、当ても無く暴れていたのですね」
「その通りでございます。なので、私が自由を得られるのは、もう一人の私が疲れて休眠している間だけだったのです」
ある程度話が見えて来た。アクセルリスは腰に手を当てる。
「……それで、その後は? 巻かれてた鎖とか、あっちの言ってた『アイツラ』とか」
「それもつつがなくお話致しましょう。ある日、ワタシが暴れていた時でした。ワタシの前に不可思議な魔女が姿を現しました」
「魔女……」
アクセルリスはどこかキナ臭いものを感じ取り始める。
「彼女はワタシを見るや否や、何らかの魔法をもって私の意識を失わさせました。そして気付いたころには見知らぬ部屋、薄暗く不気味な広間に居りました」
〈拉致、だな〉
「彼女はこのような事を言いました。『我々の組織に入れば、お前の憤りを好きなだけ発散させてやる』と。その言葉は不可解なリズムを刻み、私には理解が追い付きませんでしたが、ワタシは本能的に理解したようでありました」
「不可解なリズム……?」
アクセルリスの眉が一層ひそめられる。
「もう一人の私は直ぐにその提案に快諾しました。そして、それからはその魔女に指示された地で暴れるようになったのです」
「暴れるところを指示、ですか」
「……で。その魔女の名前は」
「確か、ゲデヒトニスと」
「──」
目を伏せた。やっぱりか。
「アクセルリス様、これは」
「はい。組織というのは、間違いなく魔女枢軸」
「何か存じ上げているのでしょうか? それならば僥倖なのですが」
「魔女枢軸、それは──」
アクセルリスは簡潔に、魔女枢軸のこと、その目的の事、そして起きた事件を話した。
「……なんと……!」
憤りを見せるアントホッパー。
「知らぬ間に、そのような悪事の片棒を担がされていたなんて……! 許せない!」
「……でも、見ようによってはこれは大チャンスでもある」
〈どういうことだ?〉
「魔女枢軸に在籍し、その内情を知りながら、正しき心を持つ魔女がここにいる。これは魔女枢軸、ひいては戦火の魔女へ続く大きな手掛かりになる!」
強く言い、アントホッパーへ手を伸ばすアクセルリス。
「さあ、行きましょう」
だがアントホッパーは俯いたままその身を動かさずに。
「……それが、できないのです」
「というと?」
「この首輪が見えますか」
頭を上げるアントホッパー。その首元には、頑丈そうな首輪が巻かれていた。その中央には赤い魔石が光る。
「この首輪が、私の行動を制限しつつ、その上私の位置も監視しているのです」
「なら壊せば」
「魔石を解除せぬまま破壊すれば、私の命も絶えるでしょう」
「え」
アントホッパーの言葉に、偽りの気配はなく。
「……なんてこった……こざかしい真似を……」
「なので、私から一つ、提案があります」
「提案? というと?」
「今日のところは、お帰り頂いて下さい。ワタシは明日もここで暴れているでしょう」
彼女は、理知整然と、策を編む。
「なので、明日。この魔石を解除できる知識を備えた魔女を連れ、再びここへと赴いてほしいのです」
「出直す、ってことですか」
「その通りでございます。加えて──これは私の私情なのですが──『異形の身』に対して、理解を持つ魔女も連れてきていただきたい」
そう言ってアントホッパーはもう一つの頭を見る。
「ワタシも、背反する存在ではありますが、私であることに変わりはないのです。彼女を、心の闇から解放したい。それが私の望みです」
「……わかりました。善処します!」
「お手数をお掛けし、恥ずかしいばかりです」
「いえ、お気になさらず。それに対処するのが、我々魔女機関であります故」
「ああ、ああ……! 重ね重ね、感謝してもし切れない……!」
「そ、そんなにかな……」
どうにもアクセルリスはあまりこういうことに慣れていないのだ。
「では、明日。ちょうどこの時間に、『知識』と『異形』の魔女を連れてここに戻ってきます」
「お待ちしております──といっても、私も再び拘束されるでしょうから、その時はまたよろしくお願いいたします」
「はい、必ず!」
「どうか、お気をつけて」
希望を明日に託し、アクセルリスたちは帰路に付こうとした。
その時、ふとアントホッパーが言った。
「──そして、最後に一つ注意をしていただきたいのが────」
「ん?」
【続く】