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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
28話 ピスカス11日の出来事
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#1 本日の主役:アクセルリス

 ──これまでのあらすじ。


 鋼の魔女アクセルリスは、親友であるアディスハハを、死闘の末に外道魔女メラキーから救い出した。

 そして彼女たちは互いの絆と愛を、深く、強く誓い合った。


 それが魔女歴5553年ピスカス(3月)10日。


 これは、その翌日の出来事です。


 

【ピスカス11日の出来事】



「……んぅ」


 幽かな朝日を浴び、アクセルリスは目を覚ます。

 直感で10時間程の睡眠を確信した。彼女の本能は正確である。

 あの任務の翌日だ、さしものアクセルリスの体も堪える。

 正直、まだ寝ていたい。だが。


「……起きるか」


 アクセルリスは起き上がった。それは何かの予兆を感じ取る様にも。



 数分後。部屋から出たアクセルリスの姿は、いつもの様にきっぱりとしたものだった。


「おはようございます、お師匠サマ!」


 階段を下りながら、二人の『家族』へ快活に挨拶をする。


「おはよう、アクセルリス」

〈主、寝すぎじゃねえか?〉

「そりゃあ昨日あれだけ頑張ったんだから、少しは許してよ」

「ふふ、そうね。ほら、その分ご飯も多めよ」

「やったぁー! お師匠サマだいすき!」


 いつもと変わらない、他愛ない会話。彼女の平凡な一日の始まり。



 変わりが見えたのは、食後だった。


「ねぇ、アクセルリス」


 ふと、アイヤツバスが言った。


「ん? なんでしょうか?」

「あなた、今日はオフよね?」

「はい、暇です。流石にあの任務の翌日にバリバリ働くのは私でも骨が折れますし……」

「もしよかったら、少し案内したいところがあるのよ」

「というと?」

「いえ、どうにも説明がし辛くて……行ってみればすぐわかるんだけど」


 言い淀みを見せるアイヤツバス。なかなか彼女らしくもない行動だ。


「どう?」

「お師匠サマがそこまで言うのなら、私も興味が湧いてきました! ぜひぜひっ」


 アクセルリスの目が輝く。好奇心には弱い。


「じゃあ、夕方になったら行きましょうか」

「夕方、えっ夕方? 今じゃダメなんです?」

「準備が必要なのよ、色々とね」

「むうう、そうですか……すっごい楽しみなのに」

「ふふ、まああんまり期待はしないでね」

「はーい」


 アクセルリスは、アイヤツバスの言動に何か含みのようなものを感じた。

 だが、思えばそれはいつもの事なので、深くは考えなかった。



 逸る心を抑えつつ、本を読んだり、詩を書いたりしながら時間を潰したアクセルリス。

 あれよあれよという間に日は傾き、空が鮮やかな赤紫のグラデーションを生むころ。


「さ、そろそろ行きましょ」

「はいっ! いやぁ、楽しみだなぁ」

〈ウッキウキだな?〉

「そりゃあもう! お師匠サマがアレだけ言った上にお預け喰らったんだからね、もう最高潮よ」

「あらあら……期待に応えられるかしら」


 そうして魔行列車に乗り込んだ三人。


 しばしの間揺られて辿り着いたのは、お馴染み常夜の魔都ヴェルペルギース。

 そして、その中央に立つ巨大な塔、魔女機関本部クリファトレシカである。


「クリファトレシカ? ここで何を」

「まぁまぁ、行ってのお楽しみよ」

「なんだ……? わからなくなってきたぞ」


 そのままアイヤツバスに連れられてやって来たのはクリファトレシカ5階。アクセルリスにはあまり馴染みのないフロアである。

 そして、その目の前には大きな扉が立ちはだかっている。


「お師匠サマ、ここは……?」


 尋ねるが、最早アイヤツバスは微笑むだけ。トガネも露骨に目を逸らす。お前もグルだったのかよ。


「私よ。準備は出来てるわね」


 そう言いながら、アイヤツバスが扉を静かにノックする。静寂が返事をする。


「さ、アクセルリス。あなたの手で開けるのよ」

「は、はい」


 何か緊張のようなものを感じ取りながら、アクセルリスは扉を開けた────




「「「──誕生日おめでとう、アクセルリス!」」」



 出迎えたのは数多の声、豪快なクラッカーの音、そして色とりどりの眩い世界。


「え」


 全く予想だにしていない展開に、アクセルリスの時間が止まった。

 彼女の時計を修理したのは、やはりというべきかアディスハハだ。


「アクセルリス? アクセルリスー?」

「はっ!」

「お、戻った」

「ア、アディスハハ……? これ……なに……」


 五感から流れ込む情報量にアクセルリスの処理速度が追い付かない様子だ。

 何せこの広間に溢れんばかりの人数が集っている。それも、アクセルリスにとって見覚えのある顔ばかり。


「何って。見ての通りアクセルリスの誕生パーティーだよ!」

「たん……じょ……」


 そして、遂にアクセルリスは気付いた。否、思い出したと言うべきか。


「あーーーーーーーーーーっ!!! 」

〈やっと気付いたみたいだな……〉

「ピスカス11日! 私、誕生日じゃん!?」

「それすら忘れていたなんて……流石は私の弟子。いつも私の想像を超えてくれるわ」


 そう。本日ピスカス11日はアクセルリスの誕生日だったのだ。

 そしてアイヤツバスは彼女のサプライズパーティーを企画していたのだ。冷静な読者諸氏には今更言うまでも無いだろう話ではあるが。


「ま、というわけで今日はみんなでパーッとアクセルリスのお祝いをしようと集まったわけですよ!」


 笑顔のアディスハハ。そして、その後ろにいる沢山の仲間たち。


「誕生日おめでとう。なんだか私まで嬉しくなってしまうな」


 と、イェーレリーが微笑む。


「おめでとうございます、アクセルリス様。妹共々、これからもよろしくお願いいたします」


 秘書カーネイルは相も変わらずかしこまった様子で。


「誕生日おめでとう、アクセルリス。私も是非手料理を振る舞おうと思ったのだが」

「勘弁してやって下さい……っと、アタシ達が腕を振るって作った料理だ、存分に食べてくれよな!」


 冷徹と灰の師弟。シェリルスの様子を見るに、バシカルを止めるのにかなり苦労をしたようだ。


「おめでとう、アクセルリス。わたしたちも企画に携わらせて貰った。気に入ってくれれば幸いだ」

「パーティーメイカーズ、だからね。夜会以外のお仕事もたまーにやるんだよ!」

「幸せな瞬間に立ち会える、いい仕事よ。ふふっ」


 カイトラ、ケムダフ、シャーカッハのパーティーメイカーズは、その役職を存分に活用したようだ。


〈汝の誕生、大いに祝福しよう。これからも邪悪魔女としての誇りを胸に、強く突き進め〉

「ガーッ」

〈おめでとう、って言ってるぜ! これは間違いないぜ!〉

 

 キュイラヌートはそう言う。冷帝の言葉からは、暖かな温もりが感じられた。


「みなさん……」


 感動に胸打たれているアクセルリス。そんな彼女にまた別の一団が姿を見せる。


「私たちもお邪魔させて貰っているぞ」

「シャーデンフロイデさん!」


 それは残酷魔女だ。


「誕生日おめでとう。これからもお前の旅路が輝かしいものであること、祈っている」


 透明なペンダントを翳しながら、シャーデンフロイデはそう言った。


「お前ももう立派な残酷魔女だからな、俺たちもこうして祝福に駆け付けたぜ。……にしても抜群に美味いぞ、この料理!」

「これだけの逸品を前に食べない方が失礼だと思ってね、悪いけど先に頂いているよ。君も早く味わってみたまえ」


 グラバースニッチとミクロマクロは料理を口にしながら。アクセルリス程ではないが、いつでもどこでも欲望に忠実な二人だ。


「まったく、みんな飯の事ばっかり……てなわけで、私はちゃんと気持ちを伝えるよ。おめでとう、アクセルリス」

「で、でもすっごい美味しいわよぉォぉォ……」

「あーっアガルマトまでーっ! もーっ!」

「お、おめでとうゥぅゥ」

「食べたまま喋らないーっ!」


 アーカシャとアガルマトも和気藹々と。


「誕生日。それすなわち進化! 不可視なものである進化というものを確かに味わえる、貴重な日だ!」

「イヴ、抑えて抑えて」

「故に私は! お前の誕生日、いや進化日を盛大に祝う! おめでとう! アクセルリス!」

「……あー、わたくしも心よりの祝福を申し上げますわ。おめでとうございます、アクセルリス」


 案の定というか、イヴィユはいつになくテンションが高く。対してロゼストルムは冷静に。普段とは真逆な関係が見られるのも、今日という日があってこそだろう。


「み、みなさん……!」


 止めどない祝福の波に、アクセルリスの涙腺が緩む。だが、彼女の誕生を祝う刺客は、まだまだいるのだ。


「私たちもいるよーっと!」

「ファルフォビア!」

「まさかあのクリファトレシカに入らせてもらえるとは。貴重な経験だ」

「光栄の限りです」

「二人も……!」


 ファルフォビア・フィアフィリア姉弟とカプティヴのエルフ連合。彼女たちも、友の生誕を祝うためにそれぞれの森から駆け付けた。


「おめでとう、アクセルリス! しっかし今年は豪勢だね! 去年までとは比べ物にならないよ!」

「いつも姉さんと仲良くしてくれて、感謝してる。これからもよろしく頼んだ」

「貴女は私たちの森を救って下さりました。かけがえのない朋友です。ささやかですが、私からも祝福を申し上げます」


 その友情に、種族の垣根はなく。

 それを証明するように、また。


「おう、アクセルリス!」

「ダイエイトさんにバウンも!」

「お邪魔してるぜ。にしても相変わらずすげぇなぁ魔都ってのは」

「ああ。噂には聞いていたが……ここまで巨大な都市だとは」

「まったく、お前も出世したなぁ。もう手の届かない存在みたいだよ」

「そんなことないですよ! ダイエイトさんも凄いです!」

「おっと、あんまり褒めないでくれよ。今日の主役はお前だからな」


 二人は改まって言う。


「誕生日おめでとう。また質のいい原石を見つけたら届けるぜ」

「あんたには仲間たちを救ってくれた恩がある。改めて、感謝を。そして、祝福を」


 そして、また一人。


「思うがままお召し上がりくださいませ。料理はまだまだございますゆえ……」


 ムカデを解放した右腕に無数の料理を乗せて現れたのはタランテラだ。


「……アクセルリスさま」

「タランテラさん……!」


 敬愛するアクセルリスの姿を見て、タランテラは震える。


「……嗚呼、嗚呼! 不肖このタランテラ、アクセルリスさまの誕生日を祝わせて頂き……! この上なき幸福で御座います……!」

「ちょ、ちょっと……何もそこまで」


 相変わらずの様子にアクセルリスもたじろぐ。ファンに愛されるのは満更でもないが、ここまでだと少し引く。


「アクセルリスさま……! このタランテラ、貴女の望む全てを捧げましょう……! たとえ、この身であろうとも、この貞操であろうとも!」

「落ち着いて、落ち着いて。私はタランテラさんの料理がいっぱい食べられればそれだけで嬉しいから!」

「嗚呼、ありがたきお言葉……」

「っていうか、良いの? こんなにたくさん料理を作ってもらって」

「そこは問題ありません、ギャラは頂いておりますので」

「あ、シビアだ」


 そして。


「アクセルリス」

〈主〉


 最後に向き合ったのは、二人の同居人。


「お師匠サマ、トガネ」


 アクセルリスは優しさに包まれたまま、笑顔で言った。


「──ありがとうございます」


 彼女の心からの感謝である。


「私のために、ここまでのものを用意してくれて……私……私は……」


 感極まり、今にも泣き出してしまいそうなアクセルリスに、トガネが。


〈おいおい、泣くなよ主! 今日は主の幸せな日なんだ、一日中笑って過ごそうぜ〉

「いい事言うじゃない。あなたも成長したわね、トガネ」

〈へへっ、創造主のおかげだぜ!〉

「……そう、トガネの言う通りよ。今日はあなたの誕生日。今日だけは、辛いことも悲しいことも忘れて、主役として幸せに在りなさい」

「二人とも……」


 アクセルリスは目を丸くして二人の言葉を聞いていたが。

 すぐにその表情は明るい笑顔に変わり。


「……はいっ! 鋼の魔女アクセルリス、今日一日は主役としてまかり通らせて頂きますっ!」


 強く言い切った。アイヤツバスも、トガネも、そしてこの場にいる全員も、笑顔でその言葉を受け止めた。


「さぁ、じゃあ食うぞ食うぞーっ!」

〈やっぱりメシが一番かーっ!〉

「うふふ、それでこそアクセルリスよ」

「うおー!」

「まずい、あの目は本気だね。料理班は大丈夫かい?」

「お任せくださいませ! このタランテラ、全力でアクセルリスさまの食欲を受け止めましょう!」

「加勢するぜ、ムカデの姉ちゃん!」

「用心してよ! アクセルリスに喰われないようにね!」

「うおおおおおおお! おおおおおおおおおー!」

〈黙って食えー!〉



 そして、饗宴は続く。少なくとも、日付が変わるまで。



 これが、ピスカス11日の出来事です。

 ヤマもオチも無いような1日でしたが、アクセルリスにとってはこれが一番のしあわせなのでした。



 めでたし、めでたし。


【ピスカス11日の出来事 おわり】

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