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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
27話 慈悲無き者
120/277

#2 生かすものと殺すもの

【#2】


だが、それを妨げるようにして。


「くだらない芝居もそこまでにしなさい……!」


 メラキーが腹立たしそうにそう言った。


〈うるせー! 邪魔すんじゃねーよ外道め! いいところだったんじゃねーかよ!〉


 トガネが叫ぶ。彼自身も、この光景を見て感慨に耽っていたのだ。


「どうどう、トガネ。見守っててくれてありがとね」

〈主……〉

「アディスハハ、トガネ、ここで待ってて」

「うん……!」

〈分かったぜ〉


 友を救ったアクセルリスはメラキーを睨む。

 アディスハハの命の魔法により、その身は最高のコンディションを得ていた。


「さあ、メラキー。覚悟はいいか? お前の罪を精算する時だ」

「ふざけたことを……私に精算する罪など、今更ありません。何故なら私は神に仕える身、聖なる存在なのだから」

「腹を括れ。お前がどれだけの虚言で身を繕っても、もう何処へも行けはしない」

「く……!」


 一歩ずつ、着実に、アクセルリスは迫る。その姿にはさしものメラキーもやや焦りを感じ始める。


(畜生……何処の誰だ、アクセルリスの心を鍛え直したのは……! まさかとは思うが、アイヤツバス……!?)


 後ずさりながら、メラキーは思考を回転させる。鋼に罅を入れる策を編むために。


(いや、まだだ……まだ奴の心には、弱点があるに違いない……)


 手段は幾らでもある、自分にそう言い聞かせながらメラキーは考え、考え、考えた。


(アイヤツバス……奴の出自……戦火……そうか、そうか……!)


 そして、一つの解に至った。至ってしまったのだ。



「……アクセルリス」

「何だ」

「貴女は、何故復讐をするのですか?」

「……」


 アクセルリスの動きがぴたりと止まる。


(ビンゴだ……!)

 心の底で邪悪な笑みを浮かべたメラキー。畳みかけるように、こう続けた。


「貴女の家族は、復讐を望んでいるのですか? いいえ、いいえ。復讐は何も生みません。復讐を遂げたところで、何も変わることがないのです」


 それは『復讐』という行為に必ず付属される疑念。まるで衛星のように、離れることなく。



〈あ、あの女……!〉

「……アクセルリス」


 トガネとアディスハハはその様子を、不安に襲われながらも見守る。



 そして、僅かな静寂の後。

「──あー、それかー」

 アクセルリスは目を細めながら言った。

「うん。この道を進んでいる以上、いつかはぶつけられる質問だと思ってたから、答えはもう考えてあるよ」


 息を止める。にっこりとほほ笑む。


「……」


 一同が声を殺して見守る中、しばしの沈黙を超え──残酷は口を開いた。



「────だったらどうしたあああああアアアアアアアアアアッ!?」


 咆哮。残酷な鬼気が世界を揺らす。

 その声色と表情は、極めて強い憤怒と憎悪に塗れていた。


〈────〉


「死んだ家族は? 復讐を望んでないって? 確かにそうかもしれないさ! 私の家族は! 父さんも! 母さんも! アズールもギュールズもパーピュアも! みんな優しい心の持ち主だったから! 私と違って、だ!」


 己を嘲る様に叫ぶ。喉の奥から、振り絞る様に。


「そうさ。私だけだ。だから私が生き残ったんだ! 私に、慈悲の心なんて無いから!」


 共に戦ってきたトガネですら、見たことのない、恐ろしい姿。


「だから、私が復讐を誓ってるのは、『私自身のため』なんだよ」


 激しい怒りで震えながら、言葉を紡ぐ。


「私の命を狙う者。私の道を遮る者。そいつらをブッ殺しても、ブッ殺しても、ブッ殺しても! 私の怒りは収まらないし、私の家族は帰って来ない……!」


 拳は強く強く握りしめられ、血が滲む。


「分かるか? どれだけの覇道を行っても、私の魂は、救われないんだよ」


 血走った目で前を見る。そこに宿るは憤怒、憎悪、そして後悔。


「──だから。だからせめて。家族の仇を討って。それで私の中の怨嗟にケリをつける。そのために私は戦ってるんだ」


 それが、残酷のアクセルリスが選んだ道だった。


「それを……なんだ……お前……? 知ったフウな口を…………!」


 そして、アクセルリスは己の道を穢した障害物を許すことは無い。


「決めた。お前は殺す。絶対に。殺す」


 見開いた目が捉えたのは殺害対象(メラキー)

 彼女はアクセルリスの様子に少したじろいでいたが、すぐに恐怖を消し。


「……ならばどうぞ。やれるものなら」

「殺る。アディスハハは奪い返した。これで思う存分、仕留める」


 槍を右手に握りながら、一歩一歩近寄ってゆく。


「大言を。私の手中には、貴女を一度斃して余りある力があるのです」

「なら、見せてみろ」

「貴女が自身に罪が無いと言うのなら、私がそれを暴いて差し上げましょう。異端審問の始まりです」


 飛来する槍を防ぎながら、メラキーは語る。


「貴女の罪。それは我が弟子、劫火の魔女プルガトリオを滅ぼしたこと」

「……は?」


 訝しむアクセルリス。メラキーの広げた手のひらに、炎が生まれた。


「プルガトリオは魔女でありながら、敬虔なデヴァイタルの教徒でもありました」


 メラキーの言葉に呼応し、その炎が激しさを増していく。


「アクセルリス。貴女はあろうことか、デヴァイタル教に仕える聖なる修験者を殺めた。その所業、重罪であると知りなさい」


 炎は僅かな間に、熱風と共に逆巻く劫火へと成長を遂げた。


「ふざけた事を。それはお前たちの基準だろうが……!」


 激昂し走るアクセルリス。


「ならば……その身で思い知りなさい!」


 それに向かって、メラキーは炎を放った。

 そして、アクセルリスは──避けることなく、正面から突っ込んだ。


「う、おおおおお……ッ!」

「アクセルリスっ!」

〈主ーっ!〉


 身を包む灼炎の中、アクセルリスは両足で大地に喰らい付く。


「あ……ああああああああああ……ッ!」


 魂を焦がすような灼熱。それでもアクセルリスは立ち続け、目を開き続け、メラキーを敵視し続ける。


「ふざけるな……ふざけるなよ……! 何が罪だ……何が咎だ……!」


 その心の中で、炎よりも熱い感情が迸ってゆく。

 それは怒り。それは憎しみ。それは呆れ。そしてそれは、純粋な殺意。


「私は……私は……!」


 銀の瞳が、輝く。


「私はッ! 残酷だッ!!!」


 叫び、銀色に光る魔力が弾ける。

 メラキーの炎が、消え失せる。

 劫火から解放されたその身には、一つの焦げ痕すらなく。アクセルリスの鋼の魂は、メラキーごときには到底焼き溶かすこともできず。


「ば……バカな!」


 狼狽を見せたメラキーの顔面に、アクセルリスは容赦の無い鋼の拳を叩きこんだ。

「ォぐおぶアーっ!」

 水平に吹き飛び、地面を派手に転がり抜ける。辛うじて身を起こすが、その一撃で全ては決したも同然だった。


「ぐ……ぐぉ……! こ、こんな……こんなことが……ァ!」


 満身創痍の身で蠢き這いずりながら、『理解不能』に喘ぐメラキー。

 その脳裏には『逃走』の文字だけが浮かぶ。しかし、助けが来る気配も無く。


「……」

「ぐ……ひ……っ!」


 その眼前に、アクセルリスが立つ。メラキーが見上げるその眼に光はなかった。


「ひ……ゆ、ゆる、して……!」


 今の彼女にできるのは、ただ情けない命乞いだけだった。

 それを聞いたアクセルリスは、何一つ感情を込めずに。


「それを頼む相手は私じゃないだろ」


 そうとだけ言い捨て、メラキーの横を通り過ぎる。

 そしてアディスハハがメラキーに相対した。


「あ……あ……ゆるし……て……!」

「…………」


 アディスハハは沈黙を続けていたが、程なくして口を開いた。


「──私は、貴女を殺さない」

「────」


 メラキーの目が大きく開かれる。


「私は《蕾の魔女》。命を与え、命を育む魔女。だから私は、誰も、何も、殺さない」

「あ…………あ」


 そう告げると、目を伏せ、背を向けた。


「──さようなら、メラキー」


 メラキーの瞳から涙がこぼれる。

 やった、生き延びたのだ。と。

 だが、その心の奥底にあるドロドロの執念も晴れることが無かった。


(甘ちゃんが……! その選択……後悔することになる……!)


 生存の喜びと下劣なる執念が、彼女に笑顔をもたらした。



 その時。背後から、死神の声が掛かる。


「──私は殺すけどね」

「────え?」


 その言葉の直後、メラキーの頭は何者かにがっしりと掴まれる。


「きさま……アクセルリス……!」

「私が憎いか。お前が私を憎む以上に、私はお前を憎む」


 アクセルリスの言葉に熱はない。そこにあるのは、冷え切った残酷な侮蔑だけ。


「や、めろ……! 私を殺して、お前に何の利益がある! お前は言った、生き延びるための殺ししかしないと!」


 血眼で、必死に『生』の縄にしがみ付く。


「ここで私を殺せば、お前の信条に泥を塗ることになるぞ! そこまでしてあの娘を! アディスハハを! 想う必要が何処にあるというのアガッ」

「……お前」


 メラキーの言葉は、下顎を掴まれたことで途絶えた。


「いい加減さ、黙れよ」

「──」


 メラキーは恐怖した。己を見下ろす存在を。『殺意』そのものが皮を被ったような存在を。


「死ね」


 そう言って、アクセルリスはメラキーの下顎を引き千切った。


「ッッッ────!」


 おびただしく迸る血。メラキーの声無き悲鳴が響く。


「黙れって、言ってんだよ」


 既に致命となる一撃だった。だが、アクセルリスは手を休めることなく、震えるその喉に刃を突き立てた。


「──! ──」


 メラキーの瞳孔が開き、その身体が急速に衰弱していく。しかし、それでも。


「まだだ。苦しめ。生まれたことを、後悔しろ」


 本来ならば、あらゆる生を祝福する存在であるアクセルリス。そんな彼女が、こうまで言い放つのだ。メラキーは今、初めて、己を悔いた。


 メラキーの四肢を掴み、踏み付け、折り、千切り、また折り、また千切り。

 思いつく限りの『殺害』を、アクセルリスは淡々と行ってゆく。 


「──! ────!!! ──────」


 ──これ以上は、筆舌に尽くしがたい光景だ。



 ──その中で、アディスハハは目を閉じていた。


 肉が乱暴に引き千切られる音。

 骨が微塵に砕かれている音。

 すなわち、生命が生命でなくなってゆく叫び声。


 涙を流しながらも、ただ感覚を耳に集中させ、それを聞いていた。

 己の罪と、向き合うため。




 やがて、音が止んだ。


「──終わったよ、アディスハハ」


 声に応じて振り向く。

 アディスハハの目に映ったのは、身体の半分以上が赤黒い血で染まったアクセルリスの姿。

 そして、その後ろの赤黒い『物体』。


「……ごめんね、アクセルリス……私に覚悟が無いばかりに、イヤなこと押し付けちゃって」

「気にしないで。アディスハハに、殺しをやらせるわけにはいかないから」


 返り血を浴びた顔で笑うアクセルリス。

 血まみれの頬を手で拭うが、その手も血に覆われている故、意味はない。


「…………ありがとう」


 呟き、アクセルリスへと歩み寄る、が。


「っと、来ないで」

「え……?」


 それはアクセルリスに制止される。


「どうして……?」

「今抱き付いたら、アディスハハに血が付いちゃう。それじゃ意味ないでしょ?」

「…………そうだね」

「ん……だから、代わりに……ちょっと目閉じてて」

「うん?」


 アクセルリスは言われるがまま瞳を閉じた。その唇に、柔らかな感触が届く。


「え──」


 驚きで思わず瞼を開く。その目に映ったのは、目を逸らし、顔を赤らめているアディスハハだった。


「アディスハハ」

「……この前の、お返しだよ」


 彼女は照れ臭そうにそう言った。


「前はムードとか何もなかったから……だから、改めてって、ことで」

「……」


 伝染するようにアクセルリスの頬も紅潮する。


「……アクセルリスさ、さっき言ったよね。私のことが、好きだって」

「うん、言った。もちろん本心だし、今更撤回するつもりもない」


 鋼の信念は堅く、砕けることなく。


「……私ね、自分のことが嫌いだった。里で迫害されてたころに、自分は世界にいらない存在なんだって思ったこともある。メラキーの誘惑に乗せられた後も、自分が情けなくって、死のうかなって思ったこともあるんだ」


 俯き語るアディスハハ。そんな友の吐露を、アクセルリスは真剣に聞く。


「でも、でもだよ」

 

 顔を上げた。その表情には、光が満ちる。


「アクセルリスと出会って。一緒に歩いてきて。私、どうも影響されちゃったみたいなんだ。度々ね、『死にたくない』って思うようになった」

「──そうだったんだ」


 そう。変わりつつあったのは、アクセルリスだけではなかった。アディスハハもまた、己の心がパラダイムシフトを起こしていたのだ。それは丁度アクセルリスと真逆の方向に。


「それでね。さっきのアクセルリスの言葉でさ、私、完全に生きる希望持っちゃった。だから責任取ってよね」

「もちろんだよ、アディスハハ」


 微笑みながら言葉を交わす。


「……ありがとう、アクセルリス」

「それを言うのは私の方だよ」


 短い言葉の間には、計り知れないほど大きな感情が隠れている。


「──それじゃ、これからも」

「──うん。よろしくね!」




 今、鋼の華が、咲いた。



【慈悲無き者 おわり】

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