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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
27話 慈悲無き者
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#1 背負うものと分かち合うもの

【慈悲無き者】


「やっと会えたね。アディスハハ」


 銀色の残酷が、笑いながらそう言った。



「──」

「残念ながら、貴女の言葉はアディスハハには届きません」


 メラキーは気味の悪い笑みを浮かべ、そう返す。その隣のアディスハハは、定まらない虚ろな眼を向けるだけ。


「だろうね。だから、今から届くようにする。その為に私たちは来た」

〈覚悟しろよ、ゲス野郎!〉

「まったく……やはり無神の徒が一番厄介ですね」


 呆れた表情を浮かべるメラキー。彼女はアディスハハの頬を撫でながら、指示を送る。


「……」


 光の無い顔をしたアディスハハは、それに従い、アクセルリスの体を頑丈な根で拘束した。


〈主!?〉

「うろたえない!」

〈主!〉


 だがアクセルリスは動じない。そして、動かない。


「私を捕えてどうするつもり? また前みたいに燃やすのか?」

「まさか。この場で貴女の心も掌握し、アディスハハと二人仲良く私の僕になってもらいます」

「戯言を」

「戯言かどうかは、私が決めること」

「お前ごときが、私の心を砕くと。笑わせんな!」

「それがまた、笑いごとじゃなくなりますよ。すぐに」


 そう言い、メラキーは目を細めてアクセルリスを見る。

 彼女の脳裏に浮かぶは、死したソルトマーチの姿。


(ソルトマーチのお陰で、ある程度の糸口は掴めている。愚かな魔女ではあったが、役には立つ)


 攻め口を考え──そして、辿り着いた。


「アクセルリス。『貴女は此処に至るまで、幾つの命を奪ってきましたか?』」

「は?」


 予想だにしていなかった問いに疑念を覚えながらも、アクセルリスは自分の答えを出す。


「そんなの覚えてない。そんな余裕なんてないくらい私は必死に生きてきたし、倒れた奴等に同情するほど、この世界は甘くない」

 

 真っ直ぐな残酷の解。それはメラキーにとっても想定内だったようだ。


「成程。随分と立派に言い切るものですね。余程己に自信があると伺える」


 メラキーは不敵に不気味に微笑みながら、しかしこう続ける。


「しかしその信念、私には些か矛盾がある様に思われます」

〈ムジュンだと?〉

「貴女は己が生きる事を何よりも優先する魔女。そうですね」

「ああそうだ。ここ最近色んなとこで言われてるからね、それ」

「ではなぜ、貴女はアディスハハを救おうとするのです? アディスハハがどうなろうとも、貴女の命には影響しないでしょう」

「……どいつもこいつも、皆そうだな。まるで私の事をわかっちゃいない」


 呆れたように目を伏せた。


「そりゃ私は私の事を一番大事にする。でも例外は存在するさ。それは家族。もしくはそれくらい大切な存在だ。お師匠サマにトガネ。そして、アディスハハだ」

「──」

「もうアディスハハは私の中で護るべき大切な存在になってる。だから、身を挺してでも助ける」


 アクセルリスの言葉には鋼のように固いものが宿っている。


「まぁ要するに『それはそれ、これはこれ』ってこと」

「……ふむ」


 きっぱりと言い切るアクセルリスに対し、メラキーは眉をひそめる。どうにも面白くない様子だ。


「……では、少し質問を変えます──『貴女が初めてヒトを殺したのは、いつですか?』」

「──」


 生唾を呑む音が聞こえる。それは誰のものか、分からない。


〈主……〉


 トガネも、無いはずの胸がざわめくのを感じる。アクセルリスの過去は、彼も知らないことが多い。


「……それは、魔女になってからって話?」

「いいえ、いいえ」

「それなら、覚えてるよ。嫌って程に」


 意を決した眼差しが上がる。


「15歳の時だ」


 トガネは言葉を失った。

 15歳? いくら何でも──早すぎる、と。


「詳しく、お聞かせ願いましょう」

「戦火の魔女によって村が滅ぼされたすぐ後だった」


 アクセルリスはただの思い出を語る様に言葉を続ける。


「戦火に巻き込まれて村のほとんどが死んだ。それでも生き残りはいるはずだと、私は村中を探し回った」


 瞳に残酷が宿ってゆく。


「そして、一人見つけた。村の外れに住む男だった。私はその人に助けを求めた──だけど」

〈……だけど?〉

「そいつは……私を見るとすぐに、襲い掛かってきて……私のことを犯そうとした」

〈──〉


 トガネは息を呑む。彼も知らなかった、過去。


「だから私は、顔に押し付けられた、あー……『ソレ』を、噛み千切って殺した」


 その声色は変わらなった。淡々と、『かつて起こったこと』を述べてゆくだけ。


「それで? 貴女はそれでどう感じました?」


 メラキーはアクセルリスの記憶に土足で上がり込んでゆく。アクセルリスは少し嫌そうな風をするが、答える。


「何も」


 この時トガネは、生まれて初めて己の主に恐怖を覚えた。


「強いて言うなら、あいつはなんであんなバカなことをしたのかなって。協力すれば、長生きできたかもしれないのに」

〈……罪悪感とかは、なかったのか?〉

「罪悪感ねぇ。私の『生き延びるためならどんなものでも殺す』ってのは小さいころからだったから、その対象がいよいよ人になったんだなぁって思っただけだし」


 アクセルリスの言葉を聞き届けたメラキーは、瞳に嫌悪を浮かべながらも、優しく語りかける。


「やはり貴女は異端者です。きっと碌な死に方をしません」

「言ってろ」

「ですが、私ならば貴女を救済することができます。貴女の背負ってきた罪全てを精算することができます。さぁ、貴女もアディスハハのように、私に身を任せなさい」


 アクセルリスの拘束が解かれ、メラキーは手を伸ばしながら一歩近づく。

 だが。


「……何を言ってんだ?」


 アクセルリスはその眼をただ怪訝に細めるだけだ。


「ありもしない罪を、どうやって精算するんだ」

「──貴女」


 メラキーは目を見開いた。


「貴女がここに至るまでに、数々の命を奪って来たことです。お判りになられない?」

「わからない。なんでそれが罪になる」

 

 その言葉に逃避も、嫌悪も、まるで無かった。

 それはアクセルリスのただ真っ直ぐな本音だったのだ。


「アクセルリス、貴女は」

「私が何かを殺すのは、生きるため。そうしないと私が死ぬから、殺す。ただそれだけの、簡単な摂理だよ。自然の掟でもある。それのどこが罪なの?」

「それは! ……貴女のエゴというものです」

「エゴ! その言葉を待ってたよ。そうだ。これは私のエゴだ。私が生き延びるために必要な! 私自身の! 私のためだけのものだ!」


 声高らかに、アクセルリスは己の独善を謳う。


「分かったかな、メラキー。私は生き延びるための殺ししかしないし、そこに罪だとか罰だとかの善悪はない。あるのは純粋な本能だけだ」

「……呆れました。ここまで更生の余地が見られないとは。かくなる上は一つです」


 メラキーはアディスハハに短刀を手渡す。


「失意の中、愛する者に殺されなさい。それが貴女に手向けられる最低限の救済です」


 刃を構え、アディスハハは一歩一歩ふらふらと近づいてゆく。アクセルリスはそれをじっと見つめ、動かない。


〈……主、どうするつもりだ?〉

「ちょっと、無茶する。もしもの時はよろしくね」

〈勘弁してくれよ……〉


 やがて鋼と蕾の二人は、互いに手の触れ合う距離にまで近づいた。

 そしてアディスハハは──その刃をアクセルリスの腹に刺した。


「う゛……!」


 アクセルリスは避けることもせず、それを受け入れるように。


「ぐ……、痛いじゃん……アディスハハ……」


 激痛に耐え、身を保つ。


「でも……アディスハハは……もっと痛かったんだよね……!」


 その体を、その魂を奮い立たせ。


「だから……!」


 ぎゅっと、アディスハハを抱きしめた。



「何を──」

 驚愕に緑色の瞳を歪ませるメラキーの前、アクセルリスはアディスハハの耳元で囁く。



「私も……私もその痛みを……その罪を……背負う……から!」

「──」

「二人なら……きっと、軽くなるから……だから……!」

「────」

「アディスハハ……!」


 アクセルリスの体から、感情や血と共に、残酷な魔力が溢れ出る。

 それはこれまでの、敵を殺すための鋭利なものではない。誰かを優しく包み、癒すための魔力。

 彼女が持つ強い独我を宿した魔力が、慈愛の形となって二人を温めてゆく。

 アクセルリスが、生まれて初めて、『誰かのためだけ』に祈った瞬間だった──



「これは──!」

 メラキーが狼狽える。己の魔力が、アディスハハを縛り上げる枷が──砕かれた。



「────あ」


 アディスハハの眼に、命の光が戻る。


「おかえり、アディスハハ」


 アクセルリスは、苦しそうな笑顔でアディスハハを迎え入れる。


「あ……アクセルリス?」


 その声を耳にし、アディスハハの凍っていた時が、一気に流れ出した。


「────!」


 全てを思い出し、全てを知った。

 アディスハハは急いで短剣を引き抜き、傷跡に魔力を注ぐ。蕾の魔力により、アクセルリスの傷は直ぐに癒えた。


「アクセルリス……! 私、私は……!」

「うん、無事で良かったよ」

「……どうして」

「私が言ったことは、聞こえてたよね」

「……うん」

「あれが全てだよ。アディスハハが罪の重さに押し潰されそうになるんだったら、その半分を私も背負う」

「……なんで、なんで私のためなんかにそこまでするの。私は、ひと時の感情で、故郷を滅ぼすことになったんだよ? こんな私なんか、私なんか……! 死んじゃったほうが……!」


 嗚咽を漏らすアディスハハ。アクセルリスはそんな彼女の手を強く握り、言った。


「アディスハハが! 好きだからだよ!!!」

「──」


 その曇りの無い眼差しは、どこまでもまっすぐで。


「好きな人を守りたい。好きな人を助けたい。それだけの理由だよ」


 あまりにも純粋すぎるその告白に、アディスハハも息を呑み、そして。


「……ありがとう…………! アクセルリス……!」


 涙を流しながら、身を寄せた。

 アクセルリスはその背を優しく撫で、言う。


「……だから、アディスハハ。もう安心していいんだよ。私と一緒に、生きていこう」

「うん……うん……!」


 絆と愛の誓いは、此処に固く結ばれた。最早それは裂かれることのない鋼のように、やがて咲く蕾のように。


【続く】

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