#4 走れ魔獣
【#4】
「ハァーハ! ハ! ハァー!」
光線が振り下ろされる。それは刃となり、深く地を裂き、魔力を吸い上げる。
「豊潤、豊潤ン! この地の魔力はなんとまあ質がいい!」
色彩の欠けた地を嗤い、スカーアイズは吠える。対するグラバースニッチはそれに嫌悪を示す。
「自然を喰うのが、そこまで愉しいか?」
「ハァーハハハ! ハ! ハァ! 当然、愉しいねェ! 我が身に魔力が満ちるこの快感に勝るもの、無ァーしッ!」
光線を横一線に薙ぐ。ブリッジ姿勢で回避するグラバースニッチだったが、その鼻先を光が掠った。
──たったそれだけで、グラバースニッチの2割の魔力が奪われた。
「ッ」
獣の姿勢が崩れる。
「ハァーハハハハハハッハッハ! ハァ! 避け切れないかァ!?」
スカーアイズは間髪入れず、そこに閃光を振り下ろした。
グラバースニッチはそれを転がって回避する。
「ブザマ、ブザマァ!」
追い討ちをかけるように、幾度と閃光を振る。グラバースニッチはそれを避け続けるが、巻き込まれた大地や木々は往々にして魔力を奪われ続けてゆく。
「……」
「ハァーハハハ……うおッ! 見えな……」
グラバースニッチは眉をひそめたまま、土煙でスカーアイズの眼を晦ます。
「姑息! 姑息! 所詮は一時しのぎだなァ! ハァーハハハハ!」
煙幕は造作もなく払われる。だが、グラバースニッチが姿を晦ますのには十分な時間は補った。
「スゥーッ……フゥーッ……」
呼吸と体勢を整え、スカーアイズの背後からこう言い放った。
「ッたく、どこまでもイカれてやがる魔法だな」
「最ッ高の褒め言葉だな! ハァ! 我が光、我が暴力! 万物万象の魔力を奪い去る! 我が暴力に貴賤無く、また分け隔ても無く! まさに世界の理よ! ハァーハハハハッハッハッハッハァーッ!」
振り向き、狂ったように高らかに笑うスカーアイズ。己の『暴力』に絶対的な自信があるからこそだ。
「はァ。なるほど」
グラバースニッチは、そこまで聞き、言った。
「…………だそうだ、イヴィユ」
「十分だ。ではそろそろ、動こうか」
徒手空拳でインペールを凌いでいたイヴィユがそう返す。
「貴様、ワタシと戦ウ最中に無駄口を叩クだト? 随分ト余裕そうだナ!」
「こう見えても、結構ギリギリなんだがね!」
伸ばされる舌を躱し、懐から新たな銃を取り出す。通常よりも小型で、銃口の広い特異な銃を。
「ならバ引導を与えテやろウ! 楽ニなるが良イ!」
「そうだな、そろそろ楽になりたくなってきた」
軽く息を吐き。
「だから、次で決める」
冷たく鋭い言葉と眼差しがインペールを貫いた。
「──ッ」
それに『終わり』を感じ、反射的に身構えてしまったインペール。それこそ、狡猾なるイヴィユの策だ。
「ふッ!」
敵の動きが固まった一瞬。その一瞬で懐に潜り込み。
「ッ、速い……!」
敵が反撃を行うよりも早く。自身の目を覆い、銃口を敵の顔に向け、言った。
「星を見せてやろう」
「何? 貴様何を企んデ」
「直ぐに分かる」
返答を待たずに、引き金が引かれた。
パンッ、と弾ける音が鳴り──ほんの一瞬、光が二人を包んだ。
「ぐ────!?」
それが泡沫の間に消える、イヴィユの『星』だった。
「グ……!? こ、れは……!?」
「綺麗だろう? まあ、お前には少し眩しかったかもだな」
閃光弾によって視覚を犯され、惑うインペール。千鳥足で不格好なダンスを踊る。
そして、イヴィユが叫んだ。
「今だグラバースニッチ!」
「ハァッ!」
グラバースニッチは一息の間に、スカーアイズの足元へと滑り込んだ。
不意の速攻、閃光の暴威を振りまく間も与えず。
「な、何!?」
「シャ……アアッ!」
唸りと共に放たれる、上段蹴り。それは魔獣の力を宿す。
「うぐッ……!? ア……!」
鋭く、強烈な蹴りだ。しかしそれを顎に受けてなお、スカーアイズは強い狂気をもって意識を保ち続けた。
だが──肉体は違った。その衝撃にスカーアイズの肉体は揺らぎ──
閃光の柱を放ったまま、それごと倒れ込んでいった。
そして、倒れた閃光柱は、あるものに触れた。
「グワーーーーッ!」
「イッ、インペール!?」
スカーアイズの閃光。それは触れたものの魔力を奪うもの。例えそれが、魔女だろうと、樹だろうと、大地だろうと例外はない。
そう。それが味方であっても、だ。
倒れた閃光の柱は、インペールを貫いたのだ。これこそが残酷たちの思惑だった。
「う……ア」
魔力を失ったインペール。立つことすらままならず、そして意識をも失い、その場に倒れ込んだ。戦闘不能。
「インペール! すまねぇインペール!? 返事を!」
スカーアイズの悲鳴の中。すかさずイヴィユがその体を担ぎ上げ、戦線から離れる。
「私は一先ず離脱する。グラバースニッチ、そいつは任せた」
と、言い残し。
「イ、インペール! インペール! インペール、待て!」
「……お前の言葉に偽りはなかったようだな。触れたものは、魔力を根こそぎ奪われると」
「き、きさま……!」
激しく狼狽するスカーアイズに、グラバースニッチはそう語りかけた。
「きさまッ! 許さねぇ……ッ!」
スカーアイズは激昂する。巧妙な手口で同士討ちを招いた、この姑息なる魔女を許すわけにはいかない、と。
「魔力、全開放……!」
スカーアイズが力を貯める。その周囲で赤い魔力が目に見えるほど激しく渦巻き、閃光を瞬かせる。
「これはインペールから奪った分……! あいつの無念も混ぜ合わせた、怒りの魔力! 覚悟しろッ!」
「ッ!」
余りに膨大な魔力に、グラバースニッチが身を退いた、その瞬間。
「消え去れェーーーーーッ!!」
隻眼の魔女の、全ての魔力を注いだ超巨大赤色閃光が、打ち上げられた。
「ハァーハッハッハッハハハハハ! ハ! ハ! ハァ、ハ……ア。文字通り、私の全力だ……! もはや世界の裏だろうと逃げ場はない……!」
それはもはや星。かの赤色の星は、数秒空に留まった後、グラバースニッチ目掛けて飛来する。もちろん、速度は閃光のそれである。
「……もうひと頑張り、だな」
グラバースニッチは息を吸い、そして再び。
「スゥーッ! フゥーッ!」
魔獣の力を得た脚で、駆け出した。
「無駄だ無駄だ、無駄無駄無駄ァ! 言ったはずだ、きさまに逃げ場はないと……!」
スカーアイズは膝を付き、息を切らす。全力というのはあながち間違いでもないようだ。
「ハァァァァ……!」
グラバースニッチは駆ける。その中で、思考回路も廻っていく。
(逃げ場はない──違う。ひとつだけ、俺には安全地帯がある──!)
一直線に、走り、走り、走り続け、どれだけのところまで来たか。
華の空洞はもはや遠く、敵味方含め他の魔女は皆見えない。
そこでグラバースニッチは立ち止まり、振り返った。
すぐそこに星はあった。
「スゥーッ! フゥーッ!」
そしてグラバースニッチは──来た道を、戻っていった。全力で。往路よりも速く。
「ハァーハハ。どこまで行くか分からんが、我が閃光からは逃げられん。奴の脱落は既に確定した未来だろう!」
座り込んだスカーアイズは勝利を確信し、笑った。
次の瞬間、目を疑った。
「……ア?」
何かが見えた。
それが何かは、すぐに分かった。
赤い星を背にした、黒い獣。
「え?」
スカーアイズは、ほんの一瞬、恐怖の未来が見えた。
「──ハアアアアアアアアアアッ!」
全速力の獣の雄叫びが聞こえた時には、手遅れだった。
「え?」
気づいたときには、グラバースニッチはスカーアイズの真横を通過していた。
──そして、それを追うものが、至る。
「グワーーーーーーーーーーーーッ!」
繰り返すが。スカーアイズの閃光は、触れたものの魔力を奪う。それは災害のごとく、無差別に。
そう。それがスカーアイズ本人であっても、だ。
「…………ふう。流石にヒヤッとしたぜ」
土煙を上げながらブレーキをかけたグラバースニッチは、額の汗を拭いながら振り向いた。
そこには倒れ伏すスカーアイズ。最早言葉を発することも無く。
「やっぱり、お前の言葉に偽りはねえ。その点だけで言えば、尊敬に値しなくもない……かもな」
と言い、笑った。
【続く】