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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
26話 過去の華を摘みに
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#3 輝きのバベル

【#3】


「オラァッ!」

「フッ!」

 グラバースニッチとインペール、二匹の獣は激しい競り合いを続けていた。未だ両者の体に深い傷はない。

「キリが無ぇな、これじゃあ」

「全く同感ダ!」

 互いにやや距離を置き、小休止とする。

 グラバースニッチは舌なめずりをし、己の内に秘める野生を呼び起こし続ける。

 一方のインペールは。


「埒が明かなイ。そろそろワタシも本気を出させテ貰うカ」

 そう言い、マスクに手を当てた。魔力が注がれたそれは、軽快な音を立てて展開される。

「さア、続けよウ!」

「上等だァ!」

 二匹の獣が同時に吠え、走る。

「ラァッ!」

「ハッ!」

 双の拳が真っ向からぶつかり合い、競り合う拳圧で大気が揺れる。

「圧し! 切る!」

「ぬ、ウ!」

 力比べでは、グラバースニッチに利がある。だんだんとインペールの体が押されていく。

 だが、その表情から不敵は消えない。

「ハァァァァァァ……」

 インペールが深く息を吐いた。

「ッ!」

 グラバースニッチの野生の感が、何か良からぬことを察知した。彼女は直ちに行動に移した。だが。


 バシュ、と音を裂く音が鳴った。


「──」

 グラバースニッチが、揺らぐ。

 その首には、一筋の掻き傷と、そこから噴き出る血。


 言うまでもない。インペールの最大の武器、舌が放たれたのだ。

 以前よりも鍛え上げられたその技は、獣の魔女であるグラバースニッチの反射をも上回った。


「残念だったナ。我が舌は、貴様の野生よりも速かったようダ」


 そう言いながら、インペールは倒れゆく獣を見ていた。

 そして、目を疑った。


「──何?」


 グラバースニッチが、消えた。

 それに気づいた直後、背後に強烈な殺気を感じ、本能的に回避を試みた。だが。


「ぐああァッ!」

 強烈な打撃、吹き飛ぶインペール。

「ぐ……ウッ!」

 空で放った舌を木の枝に巻き付け、辛うじて着地する。

「貴様……何ヲ」

 彼女が驚愕の目で見つめるグラバースニッチは、異様な呼吸をしていた。


「スゥーッ……フゥーッ……」


 彼女が呼吸し、その身が微かに揺れるごとに、首に開いた傷が目に見えて塞がってゆく。


「何ダ……それハ」

「……ちょっとした健康法だ。俺の持つ《獣》の魔力を超高速で生成し、過剰に体内に循環させる。俺はこれを《魔合身獣》と名付けた」


 会話をしながらも、傷は癒えてゆき、そして間もなく完治した。


「身体能力も上がる優れ技だ。医者が聞いたら眉を顰めそうな、民間療法だがな」

「ふ……ふざけるナッ! そんナ戯言、信じられるとでモ……!?」

「お前、頭が固いってよく言われるだろ?」

「貴様の存在ハ! ワタシが否定してやルッ!」

 再度舌を伸ばす。

「来い……!」 

 獣性の満ちた眼光が輝いた。



「アバーッ! ハ! ハァーハハハッハハッハッハ!」

 狂乱の高笑いとともに、スカーアイズはゆっくりと歩みを進める。

 イヴィユの放つ銃弾を、閃光で叩き落しながら。

 しかしそれも、全てというわけではない。いくつかの撃ち漏らしはスカーアイズの身に傷を付けていく。

 だがそれでもスカーアイズが止まることは無い。

「……」

 狂気に身をやつすこと。それもまた進化だ、とイヴィユは否定しない。

「だが、これは戦いだ」

 また、残酷な銃口がスカーアイズを狙った。

 その時である。

「とったァッ!」

 引き金が引かれるよりも早く、放たれた閃光がそれを潰す。

「早撃ち勝負は私の勝ちだ! ハーハハハ! ハ! ハァ!」

 閃光の矢がイヴィユを襲う。それは先程まで、彼女がスカーアイズに放っていた銃弾のように。

「く……」

 イヴィユはそれを弾く。小規模な衝撃波魔法で、だ。

 彼女は魔法の行使を得意としない特異な魔女。言うまでもなく、隠していた緊急手段だ。

「ハァーハーハ! どうした、どうした!」

 その場その場を凌ぎながらも、後ずさっていく。


 そして丁度、そこにインペールの舌を躱したグラバースニッチが降り立ち、イヴィユに身を預けた。

「っと、悪ィ」

「気にするな」

 背中合わせの状態。言葉を交わしながらも、視線は互いの敵を見据えたままだ。


「ハァーハ! ハッハッハハァー! 袋のネズミ、だなァ?」

「ふム。このまま二人纏めテ貫いてやってモ構わんガ」

「勘弁だ、インペール! 勢いあまって私まで貫かれちゃ堪らん!」

「心配するナ。ワタシはそんなヘマはしなイ」

「おいおいおいおい、お前この前ゼットワンを刺しかけただろ! 忘れるもんかよ!」

「……そんなことモ、あったようナ気がするナ」

「ハァーハハハハハ! ハハ! ハァ! 全く勘弁だぜ、勘弁!」

 軽口を叩き合いながらも、二人はじりじりと歩み寄る。


 追い詰められたグラバースニッチとイヴィユは。

「なあ、グラバースニッチ」

「どうしたイヴィユ」

 彼女たちはその呼びかけで互いに視線を送り合い。

「──」

 その一瞬で、思惑を交わし合った。

「──そっちは任せた!」

「承った」

 それは『交代』。二人は背を合わせたまま回転し、見据える敵を入れ替えた。


「ほウ? こノ期に及んデ!」

「ハーハッハ! ハ! ハァ! 誰が相手でも、私の暴力が全て消してやるよォーッ!」

 スカーアイズの『暴力』が天に放たれた。

「気を付けろグラバースニッチ、それはどこまでも追いかけて来るぞ!」

「分かった!」

 イヴィユの助言を受け、グラバースニッチは状況判断する。どう対策するのが最善なのかを、魔女としての理性と獣としての本能を掛け合わせ、導く。

「はッ!」

 そして彼女は駆け出した。閃光に背を向け、木々の方へと。

「ハァーハハハハ! ハハハ! 無駄だ無駄! 私の赤色必中閃光からは逃げられない! 理解できないか!」

 スカーアイズの言葉に偽りはない。彼女の閃光は一度定めた標的(グラバースニッチ)をどこまでもどこまでも追う。

 だからこそ、獣の魔女はこの手段を選んだ。

「逃がさん! 逃げられん! 腹を括れ! ハァーハハハ!」

 閃光が標的を貫く、その寸前。

「ハッ!」

 グラバースニッチは樹へと身を隠した。閃光は軌道修正が追い付かず、そのまま樹に着弾する。

「なに……!?」

 訝しむスカーアイズ。閃光を受け魔力を吸われた樹は少し色が薄れ、萎れる。

「躱せないんだったら、身代わりを立てればいい。簡単な話だァ!」

「……ハァーハハハ! なかなか粋な事を! なになに、そういった対処も想定のうちよ!」

 そう笑い飛ばし、再びの閃光を構える。

「ならば何度でも! 私は貴様を狙おう! ハァーハハハハハハ! ハ!」

 スカーアイズは三発の閃光を、時間差を与えて放った。

「ぐっ……これは」

 それぞれが異なる軌道を描きながらグラバースニッチを狙う。

 獣は走る。木々の間を不規則に、閃光を撒くために。

 ひとつ。樹と樹の間を飛び回り。

 ふたつ。獣は自然を盾とする。

 みっつ。そして全ての脅威が消えた。

「シャアッ!」

 三つの閃光をやり過ごしたグラバースニッチは即座に攻勢へ回る。

 再び捕捉されるよりも先に、その鋭利な牙で獲物を喰い破らん、と。


 だが。


「ッ!」

「ハァーハ! 遅い、甘い、遅い!」

 スカーアイズは、しっかりとグラバースニッチを『見て』いた。

「ハ!」

「グ──!」

 真正面から放たれた閃光。空のグラバースニッチが躱せるはずもなく、直撃する。

「ぐ……あ」

 墜落する獣。立ち上がるが、息を激しく切らし、その膝も覚束ない。

「ハ! こんな称号だが、動体視力には自信があるもんでな! こと『視る』ことに関しては魔女のうちでもトップクラスと自負している!」

 笑いながら歩み寄る、その右目には光が集う。一撃にて敵を仕留めるための魔力を充填している。

「さァ、これでジ・エンドだ」

 魔力が眩い光となり、右目から溢れる。


 そのとき、ふと、ある『音』がスカーアイズの耳に届いた。

「……ン?」

 彼女はそれに耳を傾けた。


「……スゥーッ……フゥーッ……」

 異様な呼吸音。グラバースニッチの体が外気を取り入れている。

 そして、その体が目に見えて回復していく。

「……ハァーハハハ! それがナンチャラとかいう健康法か!」

 魔合身獣だ。魔力を過剰に生成するそれは、スカーアイズの魔力奪取閃光が奪うよりも多くの魔力生成を可能とする。

「なるほど貴様の魔力を少し奪うだけでは意味がないようだな! ならばならば!」

 笑い、スカーアイズは天を仰ぐ。その右目に集う魔力が迸り、そして。

「ハァーハ! ハハハハハハハハハァーッハ!」

 空を貫く様に放たれたのは、赤色の光線だった。『柱』とも言えるだろうか。

「これこそ我が『暴力』の極致ィ! 魔力奪取赤色閃光の進化系にして完成系だ! 絶え間なく放たれるこの閃光に触れたものは! 絶え間なく魔力を吸い尽くされる!」

 高らかに謳い上げるその様からは、極まった狂気が魔力とともに溢れ出る。


 競り合いを続けているイヴィユとインペールも、その柱に気付いた。

「スカーアイズめ、いよいヨ本気を出してきたカ」

「あれは」

「スカーアイズの奥の手、だナ。あの『暴力』が振るわれれバ、巻き込まれタ全てのものハ萎れ伏すだろウ。貴様も用心しておケ」

「成程。警告感謝する」

「まア、それよりモ先に私が斃すがナ!」

「そんなことだろうとは思ったさ」

 不意に放たれる舌を躱す。


 そしてイヴィユは、僅かな逡巡ののち──言った。

「グラバースニッチ、『瞬きの間に、そいつを倒せ』」

「──大体わかった」

 それは『作戦』。瞬きの間のように、儚く短い詩のような。

 刹那の間に無言の会話を交わした二人は、終局の予感とともに、目の前の敵へ臨んだ。


【続く】

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