#2 神速・閃光・太刀撃ちの影
【#2】
「ハァッ!」
黒色の獣グラバースニッチが選んだ獲物は貫徹の狂針インペール。
荒々しくも理知的な、獣の魔女たる攻撃がインペールを喰らわんと走る、が。
「ハ、ハ。その程度デ、ワタシを穿てルとでモ?」
当のインペールは冷汗一つ掻かずに、それを飄飄と躱していく。
(コイツ──)
グラバースニッチ自身、傭兵三人の情報は予習済みであった。
彼女の得たデータによれば、インペールは極めて鋭利に変貌した舌を射出する恐ろしい魔女ではあるが、その能力に頼り切りで身体能力は優れていない、というものだった。
──だが。
「どうしタ? 顔色が優れなイようだガ。まるデ、仕入れタ情報が見当違いデあったかノように、ナ?」
「ほざけェ!」
二度、三度とグラバースニッチの爪が走る。インペールは避け続ける。
「痴れ者め。言ったはズだ、我々は鍛錬しタ。鍛錬をし続けタのだ! 貴様の得た知啓ハ、旧き遺産だといウ事ダ!」
そう叫び、インペールが攻めに移る。
「シャッ!」
放たれたのは鋭い拳。以前の彼女からは想像もできないほどに素早き攻め手。グラバースニッチでもなければ回避は難しいだろう。
「確かに迅い! よっぽど鍛えたようだな!」
「世辞はいらヌ!」
互いが互いの懐に潜り込み、ゼロ距離での撃ち合いを続ける。
拳を放ち、躱され、拳を放たれ、躱す。超速度でそれが繰り返され、辺りには激しい風切り音が鳴り続ける。
◆
その音を耳に入れながら、イヴィユとスカーアイズは睨み合っていた。
イヴィユから銃口を向けられながらも、スカーアイズは不敵に笑みを浮かべ続ける。
「ハァーハハ、ハ。なかなかに興味深いからくりだな、それは! 銃というのだろう?」
スカーアイズの大言にも揺れることなく、構える銃は敵の胸を狙い続ける。
「当たり所が悪ければ魔女でも実際死ぬと! いやはや、恐ろしいものを考えたものだ!」
高笑い。『実際死ぬ』ような兵器に狙われていようと、彼女は怖れを覚えない。それは無知ゆえの力か、否か。
「ソレの持つ力、見てみたいという興味は溢れるな! ハ! ハハハ!」
「……望むなら」
そう呟き、迷うことなく引き金を引いた。
銃声とともに、スカーアイズが貫かれる──かに思われたが。
「残念ン! 遅いんだよッ!」
スカーアイズの言葉とともに、右目を覆うゴーグルが開く。
そして、そこから走る赤色の閃光。身を穿つよりも早く、鉛玉を打ち落とした。
──あまりにも、一瞬の出来事過ぎた。
「ハァーハハハハハ! ハ! ハ! ハァ! 恐ろしいだろう! これが私が新たに手に入れた《暴力》!」
スカーアイズは高らかに叫ぶ。己の正気をさらなる狂気で上書きしていく。
「元の状態を知らないが、そこまで言うのなら大した進化なのだろう」
そう言いながらも、イヴィユはどこまでも冷静に弾を込め直した。
「ハーハハ! なかなかお目が高い、敵ながら見事! 褒美に、この《暴力》の更なる力を見せてやろう!」
再びゴーグルが展開される。眼球の無い、空洞な眼孔でイヴィユを見た。
「ハァーハ!」
そして、天を仰ぎながら赤い閃光を放った。
当然それは、ただ真っ直ぐに空へと突き進む。
しかし。
「走れ走れェ!」
空の眼孔が赤色を帯びる。スカーアイズの滾る魔力がそこから漏れ出している。
そして、閃光はそれに呼応するように、その身を悶えさせる。
踊るように、苦しむように、閃光は空を激しく飛び回り。
「やれェ!」
最後の急転換の後、終着駅に選ばれたのはイヴィユだ。
「む」
高速で迫る閃光。対するイヴィユは──迫り来るソレを、苦も無く最低限で躱した。
彼女も無策ではなかった。閃光が空を舞い始めたあたりから、こうなることは予測済みだ。
故に、回避態勢を整え、実際このように万全を期すことができた。さあ、反撃を──
「──とでも思ったかバカめがッ!」
スカーアイズの嘲笑を込めた叫びが轟く。イヴィユも不穏なものを察知した、が。
「う」
気づいたときには遅かった。それは、背後から。
閃光は、確実に標的を穿つべしと軌道を変えたのだ。
貫かれたような一瞬の衝撃と、そこから熱が抜けていく感覚がイヴィユを包む。
「これは……」
「ハァーハ! 我が赤色必中閃光の力! 穿ったものの魔力を奪い去り、私のものにする力!」
スカーアイズのボルテージは最高潮を迎える。
「流石に一発で全魔力を吸い上げることはできないがな、一度の接触でも魔法の行使に支障が出る程度には奪うことができる! 故に問題は、無いィ!」
「なんて恐ろしい魔法だ」
「さあ怖れろ! 喚け! 悲鳴を上げろ! ハーハハハハハハッハ!」
「だが私には関係がない」
「え?」
銃声。スカーアイズの頬を弾丸が掠めた。
「え?」
「生憎に、私は魔法の行使が得意ではなくてな」
「え?」
「だからまあ、魔力が奪われたとて、さしたる問題じゃないんだよ」
「…………聞いてねェぞぉーッ!?」
慟哭の隻眼。
「悪いな」
そしてイヴィユの弾丸は、その叫びを潜り抜け、スカーアイズに襲い掛かる。
◆
その流れ弾を、ゲブラッヘは軽々と斬り払う。
「いいのかい? キミひとりで」
「数的アドバンテージがこちらにある現状、お前にとってはハードモードに見えるが?」
そう言い迫るゲブラッヘとバースデイに、アクセルリスは決然と言い返す。
「違う。2対2だ」
アクセルリスの影の中で、赤い光が迸り、叫ぶ。
〈オレだ!〉
「そうか、アクセルリスにはあの優秀な使い魔がいたか。いやはや、実際数的アドバンテージは無いといっても過言ではないな」
〈オマエに褒められても嬉しくないっつーの!〉
「よくしゃべる使い魔だ。御託はいい、殺し合おうじゃないか」
「お前たちに構っている暇はない。さっさと消えてもらう」
銀色の残酷が牙を光らせた。
「いいねいいねぇ、キミが自身以外のことに起因して焦り苛立つその様子。見ていて楽しいよ」
「なら、もっと楽しいものを見せてやるよ」
「それって?」
「地獄だ」
アクセルリスの槍が走った。ゲブラッヘの長刀が光った。バースデイが太刀を構えた。トガネが強く光った。
「甘い甘い」
迫り来る槍の群れを、ゲブラッヘは最小限の動作で切り払う。
「ボクがどれだけ君の槍を捌いてきたと思うかい」
「知ったこっちゃない!」
槍はもはや効果薄、そう判断したアクセルリスは剣を構え、ゲブラッヘとの斬り合いに持ち込んだ。
「はぁッ!」
「ふ──!」
激しい競り合いの音が鳴る。
その最中、ゲブラッヘが後ずさった。
「く……さすがはキミだ、なかなか強い」
その称賛に裏はなく。実際に1対1の真剣勝負であればアクセルリスに分があるだろう。
だが、今は。
「セイ、ハーッ!」
〈主、躱せ!〉
「ッ!」
飛び込んできたバースデイの太刀が薙ぎ払われる。アクセルリスは素早く後方に倒れ込み、何とか首を繋ぎとめた。
だがその態勢は、無防備な前面を見せるそれは『隙』以外の何物でもない。
「貰った」
ゲブラッヘの長刀が走る。
〈させるかよ!〉
長刀は、数本の槍によって阻まれた。ゲブラッヘが弾いたものを、トガネが寄せ集めたのだ。
〈やれ、主!〉
「ナイス、トガネッ!」
アクセルリスは倒れたまま、両足で槍ごと長刀を蹴り上げた。
「ぐ……!」
重い一撃。ゲブラッヘの顔が苦痛に歪む。
アクセルリスは隙を奪い取った。
「トガネ! そのままよろしく!」
〈おうとも!〉
トガネによって空中に固定された槍を踏み台にし、高く高く跳んだ。
「カタを付ける!」
アクセルリスは両腕を開き、魔力を迸らせる。
その周囲に、おびただしい数の槍が生まれ出でる。
そして──降り注ぐ。その様子は、まさに銀色の流星群だ。
「はぁっ……!」
ゲブラッヘたちははじめ、魔法陣の障壁で身を護っていた。だが、次々と飛来する槍の雨に、防壁は長くは持ちそうにない。
「ちぃ、どうする……!」
「バースデイ、ボクにいい考えがある」
「本当か!」
今にも割れそうな魔法陣の陰、二人の魔女は活路を見出す。
「……あいつら、なにを企んでる」
既に着地したアクセルリス。彼女は自身を避けて振る槍の雨の中、用心深く槍を構えて様子を伺っていた。
銀の眼が凝視する中──魔法陣が儚く砕けた。
そして、同時に。
「現れろ! 我が僕!」
「MYGGGG……!」
「MYOAAAAA……!」
二人の周囲から眼の無い飛竜が無数に生れ落ちる。そして。
「生まれて早々悪いけど、働いてもらうよ」
ゲブラッヘの鎖が、飛竜たちを絡め取り、一つに纏めた。
『盾』としたのだ。
「MMYYGAGAAAAAAAAA!」
「MYOAAAAOOOOOOO!」
「MMAAAAHHGGGGGGGG!」
飛竜たちの悲鳴が響く。
〈あ、あいつら……!〉
アクセルリスの影の中で、トガネが憤激に震える。
「……」
その震えを感じ、己もまた歯を食いしばりながらも、ただこう言った。
「あいつらは──許せない」
既に鋼の雨は止み。傘として使われた飛竜たちが溶けてゆき、その内側から二人の魔女が歩み出た。
「……」
アクセルリスは言葉を抑えたまま、槍を構えて走った。
【続く】