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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
24話 慈悲深き者
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#1 無感動のアディスハハ

 御旗の魔女ソルトマーチ。

 彼女はアクセルリスとの問答の末、己の敗北を悟った。

 そしてその身を残酷魔女、ひいては魔女機関に委ねようとした──が。


 突如として彼女の心の臓が穿たれ、この世を去った。


 ソルトマーチを殺したのは、純白の修道服に身を纏った、慈悲深き外道魔女メラキーだった。



【慈悲深き者】



「始めまして、アクセルリスさま。私は《慈愛の魔女 メラキー》と申します」


 にこやかに挨拶をするメラキー。アクセルリスはその笑顔の裏に潜む恐怖をありありと感じていた。


「メ……メラキー……!?」


 アクセルリスの背後で怯えた声を上げるアディスハハ。

 その只ならぬ様子、何かがある。


「アディスハハ、あいつを──メラキーを知ってるの?」

「知ってる……知ってるけど……! うう……!」


 頭を抱え俯く。


「お久しぶりですね、アディスハハちゃん」

「……知り合いなのか、お前は」


 警戒の色を張り詰めらせ、メラキーを睥睨する。


「昔、色々と。まあ、その話は後にしましょう」

「そうだな。じゃあ私から聞く。いくつか」

「ええ、どうぞ。答えられる範囲で答えます」


 メラキーは表情一つ変えない。ソルトマーチよりも不気味な魔女だ。


「お前は何の目的でここに来た? 何故ソルトマーチを殺した?」

「後者から。ソルトマーチは、生かしておく価値がなくなったから殺しました」


 淡々と、まるで平々凡々とした世間話のように、恐ろしいはずの目的を語る。


「私は彼女の英雄を目指す意思を尊重していました。それが崩れた彼女に、最早価値はない」

「何様のつもりだ、お前は」

「それに、彼女が魔女機関に囚われれば我々の情報をあなた方に提供しかねない。口封じの形でもあります」

「クラウンハンズと同じ様に、か。魔女枢軸は──戦火の魔女は、よっぽど正体が知られたくないみたいだね」

「当然です。あの方の正体が明かされた暁には、この世は混乱の渦中に呑まれます。戦火の魔女がその身をヴェールで覆い隠すのは、あなた方魔女機関のためでもあるのですよ」

「……?」


 アクセルリスは訝しんだが、深く考えることはしなかった。時間の無駄だ、と。


「で。もう一つの質問にも答えろ」

「ここに来た理由ですね。一つはソルトマーチの始末に他なりません」

「他にもあると?」

「二つ目は──こちらが本命ですが──懐かしい顔を、拝みに」


 メラキーの眼が、確かにアディスハハを捕らえた。


「ひっ……」


 凝視に晒されたアディスハハは、深く怯えアクセルリスの身体に身をひそめる。


「そんな反応しなくても。私たちの仲じゃないですか、アディスハハちゃん」

「う……うう……!」

「……どういう関係だ、アディスハハと、お前とは」

「かつての知り合いですよ。アディスハハちゃんが魔女になるよりも前からの」


 にこやかに、メラキーはそう言う。その笑顔には裏はない。故に、恐ろしい。


「見ての通り、私は《デヴァイタル教》の教徒です。世界各地を巡り、様々な村や里に布教を行っていました」

「それは知ってる。お前の情報は既に閲覧済みだ」

「私が巡った里。その中に、《デドウメドウの里》もあったのです。良いお得意様でした」

「《デドウメドウ》……アディスハハの、故郷。だけど」


 アクセルリスは想起する。アディスハハの過去を。


 《枯れ野》であるデドウメドウ一族においてアディスハハの様な生命を育む魔法は異端であること。その魔法を得た者は不浄として放逐されること。

 ──そして。


「アディスハハちゃんとは、特に仲良くしていました。それも色々と」

「……!」


 アクセルリスは、己にしがみつくアディスハハの手が強く、そして震えているのに気付く。


「私もアディスハハちゃんのことはかわいい妹のように見ていましたから。貴女が望むことならば何でも応えていました。そう、何でも」

「……まどろっこしい! 何が言いたいんだ、お前は」

「例えばそれは──」

「っ、やめ──」


 その言葉を止めようと、アディスハハは飛び出した。

 だが、遅い。



「デドウメドウ一族の殲滅、など」



「────は?」


 アクセルリスの思考が、一瞬、滞る。


「──」


 目の前で、アディスハハが膝から崩れ落ちる様を見て、辛うじて鋼の意思が戻る。


「──何を、言ってるんだ」

「貴女も邪悪魔女なら知っているでしょう、アクセルリス。アディスハハが邪悪魔女に就任してから程なくして、デドウメドウの一族が壊滅したことを」

「それは──当然知ってる。だけど、デドウメドウ一族が滅んだのは、宗教テロリストの襲撃によるものだと! 私は、お師匠サマからそう聞いて……」

「その宗教テロリストが、私です。そしてその理由は、その娘──アディスハハがそう望んだから」


 その顔から笑みは消えない。純粋なる、悪意の微笑みは。


「彼女はデドウメドウ一族の全滅を望んだ。私はそのお手伝いをしたに過ぎません」

「そんなこと、信じられるワケ……! アディスハハ、立てる!?」

「あ……あ……!」


 放心。大きく見開かれた眼は震え、正気を映さない。


「隠していた真実。それを暴かれた者に、抗がう力は残りません」

「ふざけたことを……言うな!」


 激昂。そして。


「トガネッ!」

〈応よ! 黙って聞いてりゃあの女!〉


 アクセルリスの両手に槍が握られる。今直ぐ敵を噛み殺すべし、と影が囁く。


「真実を知らぬものほど、真実を認めないものほど、盲目的に暴れ、吠え、壊す。やはりこの世には救いが必要です」

「殺す! アディスハハを侮辱したこと、私が許さない!」


 メラキーの心臓を穿つべし、と右脚に力を込めた。

 直後だった。



「え──?」


 アディスハハが、アクセルリスに抱き付いた。

 ──否。身体を抑えるその力は、確実に『敵意』あるものだ。


「ア、ディスハハ……?」

「ごめんね……ごめんね……!」

「なに、を……!?」


 両手から槍が零れ落ちる。

 その時、アクセルリスは感じ取る。

 アディスハハを中心に、周囲を覆う魔力。熱く、身を焦がすようなその魔力は。


「メラキー……!」


 憎悪の眼差しを向けられてなお、メラキーは笑う。


「ええ。私の魔法です。他者の心を、そして体を支配する。そのためにはまず対象の心に楔を穿つ必要がありますが、アディスハハの場合は容易も容易でした」


 メラキーは笑う。笑う。高く、強く。


「ああ、この時を待ち望んでいた。アディスハハが幸せの絶頂にあるとき、それを奪い、どん底に叩き落すのを……!」

「外道、が……!」


 アクセルリスの体に、アディスハハの魔法で生み出される植物が纏わりつき、拘束となる。


「ぐああ……っ!」

〈主っ!〉


 強く縛り上げる。アディスハハの魔力が、最大限に発揮「させられて」いる。


「アクセルリス……ごめん……ね」


 虚ろな目をしたアディスハハは、そう言い残し離れる。向かうはメラキーの傍らに。


「アディスハハ、待って……!」

「今日のところは、アディスハハだけを。ですがアクセルリス、貴女にも報いを受けてもらいます」

「報い、だと?」

「私の弟子の命を無残に奪った、その報いを」

「お前の……弟子……!? そんなの知らな──」


 だがアクセルリスは気付いた。気付いてしまった。


 《デヴァイタル教》。『救い』。アクセルリスにはその言葉に聞き覚えがあった。

 そして何よりも、この魔力。焼け付くような、焦げ付くような、メラキーの魔力。『炎』の魔力。


「──プルガトリオ……!?」

「気付いたようですね。その通りです。劫火の魔女プルガトリオは私の弟子。魔女としても、教徒としても」

「弟子が弟子なら、師匠も師匠だな……!」

「プルガトリオは信仰を独自の解釈で暴走させ、私の元を出奔しました。私もその所業には眉を顰めていましたが、それでも愛弟子には変わりはない」


 微かな怒りを秘めた言葉でそう言い、かざす右手に火球を灯す。


「苦しみなさい」


 放たれたそれは、アクセルリスの足元に着弾し、じわりじわり燃え広がってゆく。


「では、さようなら」

「アクセルリス──ごめんね」

「そんな──アディスハハ……アディスハハ!」


 叫ぶ。その声はアディスハハの表象には届くが、その心までには達さない。

 やがてメラキーとアディスハハの背が小さくなり、消えてゆく。



「待て──待て! 待って!! アディスハハ!!!」


 悲壮なる咆哮は届かず。それでも、アクセルリスは一心に。


〈お──おい! 主! 火が、火がヤバいって!〉


 既にその周囲は火の洪水に侵されている。だが、アクセルリスはその名を呼ぶことを止めない。


「アディスハハ──アディスハハ」

〈おい主! ……ちぃ、世話の焼ける!〉


 トガネはアクセルリスが落としていた槍に宿り、その穂先をもってアクセルリスの拘束を裂いた。


「ア──」

〈戻ってこい主! 今ここで死んだら、蕾の姉さんを取り戻せなくなるぞ!〉

「──っ」


 銀の瞳に光が戻る。


「トガネ──私、えっと、その…………ごめん」

〈謝るのはいい! 早く逃げるぞ!〉

「…………うん」



 影の内の赤い光に誘われ、鋼の魔女は火の海から去った。

 その身は、幸いにも一つの火傷も無かった。


 だが、その心には。




【慈悲深き者 おわり】


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