#2 誕生に捧ぐ
【#2】
「来たよ」
アクセルリスは言い放つ。昨日と同じ地、プリソンを見下ろす崖に佇むソルトマーチに向かって。
「そこで止まれ」
彼女の存在に気付いたソルトマーチはそう言った。アクセルリスもそれに従う。
「来てくれたか。感謝する」
「御託はいらない。私は今からお前を打ち負かす。それも、言葉で」
「威勢がよくて何よりだ。だが、そこまで言うのなら」
ソルトマーチは旗を振り抜き、掲げる。
「先ずはアクセルリス。汝の力を、見せてみよ」
その旗を前方へ振り抜く。
同時に、彼女の背後の崖から一頭の飛竜と、その背に乗る魔女が出現した。
「あれは……!」
「ハハ! 初めましてだな、私は《誕生の魔女バースデイ》だ!」
誕生の魔女バースデイだ。当然彼女も外道魔女であり魔女枢軸の一員である。
「バースデイ……? アクセルリス、あいつは?」
「外道魔女バースデイ。度の過ぎた利己行為により外道魔女と指定されてるエゴイスティックな魔女!」
アクセルリスは新たに出現した敵を睨み、言う。
「お前が小手調べの相手か? ちょうどいい、魔女枢軸を二人も捕らえられるなんてラッキーだ!」
「……なるほど。確かに底知れぬ恐ろしさがあるな、鋼の魔女アクセルリス! だが残念ながら対戦相手は私ではない」
バースデイは指を鳴らす。
それに呼応して、飛竜の群が一挙して現れた。
「こいつらだ。我が僕たちだ!」
眼の無い飛竜の群れ。その数は、一目見ただけでは数え切れぬほどだ。
「眼の無い竜……これは、あれか」
アクセルリスの中に既視感が生まれる。だがそれは今はどうでもいい事だ。
「この大群! お前がどのようにして攻略するか、楽しみだ!」
「然り。これこそが、私と対話しようとする汝に与える試練」
「へぇ。ならこの槍のほうがいいか」
アクセルリスは普段のものよりも長い槍を生成し、構える。
「下がってて」
「うん、わかった」
アディスハハを下がらせ、その眼に残酷を宿す。
「準備はできてるよ」
「良し」
ソルトマーチが旗を高く高く掲げ、魔力を込める。
すると。彼女の周囲が眩く輝き始め、光に囲まれた領域が生まれる。
その領域内の生命──ソルトマーチ自身に加え、バースデイ、そしてその使い魔たちの輪郭に光が満ちる。
「我が魔法。御旗の魔法。我が領域内の生命は、分け隔てなく我が寵愛、我が賜与を受ける」
「要するに、私たちには今バフがかかっている、ってことだ!」
バースデイの喝采。彼女の王国は、栄光を受け、光る。
「さあ──ゲームスタートだ!」
バースデイが飛竜から飛び降りる。同時に彼女を乗せていた飛竜が一番槍としてアクセルリスへ迫った。
「MGYAAAAAA!!」
突進に合わせ、力任せに長槍が振り下ろされる。
「──おりゃあああっ!」
その鋭さ、持つべきものが適切に振るえば竜の体を両断するのも容易い。
「GGGHHHHHHH……!」
両断された飛竜は腐る様に黒化し霧散する。
その様子を見て、アクセルリスは呟く。
「──まず、1」
それが戦いの始まりを告げる。
「MGYUUUUUAAAAA!!」
「MMMAAGGHHHHHHHH!!」
「MYOOOAAAOOAAAAAA!!」
激しく吠える飛竜たち。その羽ばたきが激しくなる。
だが、アクセルリスは少しも臆することなく、長槍を大地に突き刺した。
「さあ! 殺るか、殺られるかだ!」
長槍を踏み台に、高く高く跳ぶ。そして叫ぶ。
「喰われたい奴からかかってこい!」
「MMMGGYAAAAAAGGGGGHHHHHHHHHH!!!」
返答のような咆哮。飛竜たちは忙しなく飛び回り、そのうちの数体がアクセルリスを狙って飛来する。
「どいつからだ!」
宙を舞うアクセルリス。その両手には鋼の剣が握られている。
「MMMGYAAAAAAAA!」
遂に、飛竜の一体がアクセルリスに迫った。
「──!」
無防備に宙を舞うアクセルリスと、空戦特化の飛竜。後者に分がある様に思えた、が──
「MGYYYYY──!」
墜落したのは飛竜だった。その身は必要以上に切り刻まれ、地に落ちる前に消滅する。
「2!」
──アクセルリスは『受け流しつつ、斬る』戦術を選んだ。
空中で身を捻らせ、飛竜の突撃を受け流す。そしてその勢いを逆利用し、双の剣で切り刻む。それが彼女の選択だった。
「MGYYYYOOOOOOOG!」
だが飛竜たちにその戦法を見抜く知恵など、当然ない。
同胞の死など気にも留めず、我先にと空に佇む獲物を狙う。
それこそが魔女の狡猾な罠だと知らずに。
「3!」
「MGGYGGAAA!」
「4!」
「MGGYYYGGGGGHHHHH!」
「5、6、7、8、9!」
次々とアクセルリスの討伐数が増えてゆき、彼女を襲う飛竜もいなくなった。
〈怖気づいたのか?〉
「でも容赦する私じゃないよ! トガネ、捕捉頼んだ!」
〈かしこまり!〉
落下していくアクセルリス。落ちながらにして、周囲に鋼の槍を必要なだけ生み出していく。
そして。
「発射ッ!」
着地と同時にそう叫ぶ。号令を受けた槍たちは高速で射出され、飛竜たちを一体たりとも残すことなく撃ち落とした。
「MGGGGGGG……!」
「AAAGHHHHHHH……!」
「MGYAAGHHAHGG……!」
断末魔が重奏されるなか、アクセルリスは陽気に。
「んー、数えるのムリだ! たくさん!」
と、そう言いながらも、残酷なる勘は背後から迫る殺気を逃がさず感じ取った。
「お前で最後だな、バースデイ!」
太刀による不意の一撃を槍で受け止め、押し返しながら、アクセルリスは次なる敵を定める。
「あの量をこの短時間で仕留め切るとはな、トロフィーを与えてやりたいほどだ! 故に、この私が中ボスとして直々に手を下してやろう!」
バースデイは距離を離し、アクセルリスを見据えながらそう言った。
「さあ、ゲームスタートだ!」
バースデイ。その得物の太刀は、竜の意匠が施された派手なものだ。
「そら! そらァ!」
バースデイは派手に太刀を振るう。
鋼の槍と太刀が競り合う音が幾度となく響いてゆく。
「──」
アクセルリスはその剣戟の中で、敵の武器が持つ性質を残酷に判断していく。
(──一撃は重い。代わりに動作は大振りで、スキが多い──)
そして、攻略法を導いてゆく。
(簡単な話。そのスキを穿てば、崩れる──!)
銀の瞳が敵の『死角』を突く。
「せりゃあァァッ!」
バースデイが深く太刀を振り被る。
それこそが、アクセルリスが掴んだ隙。
「──そこだッ!」
瞬間的に生み出されし一本の槍。それがバースデイの心臓を穿つべし、と駆けた。
しかし。
「──な」
アクセルリスの瞳に映ったのは、『槍の上に立つバースデイ』だった。
「いい足場だ、感謝する」
そう言ったバースデイの姿が消える。槍に一瞬、重い感触が伝わる。
〈主! 上から!〉
「分かってる──!」
槍を手放し、両腕に盾を生成し、構えた。
その次の瞬間、余りに重々しい衝撃がアクセルリスを襲った。
「ぐ──!」
盾が砕ける。全身がびりびりと震え、肉体のあちこちが悲鳴を上げる。
「はははァ! よくガードした、今の一撃!」
離れたところに着地したバースデイはそう笑う。
「だが休ません!」
間髪入れず、太刀を振り被り迫る。アクセルリスに避ける余力はない。
「なら受け止める……ッ!」
一本の槍を両手で握り、一閃を防ぐ。
「ほう、受け止めたか! ならこの槍ごと叩き斬ってゲームオーバーだなぁ!」
「ぐ……お……!」
両手で太刀を握り、体重を乗せ圧し込む。アクセルリスはそれを必死に抑える。
(このままだと……まずい)
アクセルリスの背に冷汗が流れる。
だが、彼女は理性なき獣ではない。知啓持つ魔女なのだ。
故に、打開策を導き出せる。
「はっ!」
アクセルリスの魔法で鋼の槍が生み出される。
それは、バースデイの両腕の間に。
「む?」
「トガネ、やれ!」
〈承りィ!〉
主の合図を受け、赤い光が生み出された槍に入る。
「こいつ、まさか」
〈そのまさか! だぜ!〉
トガネが動く。槍が傾き──
「うおっ!」
槍がもたらす作用により、バースデイの両手が太刀から引き剥がされる。
「せいッ!」
そして、土台を失った太刀を上方へ高く弾き飛ばす。
これでバースデイは丸腰にされた。この優位性を、アクセルリスが逃すはずもない。
「さあ飛んでけッ!」
バースデイの足元より鋼の塔が生え、彼女を上空に打ち上げる。
「うぐおッ!」
そして、アクセルリスも彼女を追って跳び上がる。
「随分と! 空中戦がお好きなことで!」
バースデイはそう吐き捨てるが、アクセルリスは聞く耳を持たずに空中で敵の胸倉を強く掴んだ。
「地面とキスする心の準備はいい?」
「は? お前何を言──まさか」
アクセルリスの行動に気付き、青ざめるバースデイ。
「安心しろ、死なない程度には加減してやる!」
二人の体が降下してゆく。
そう。アクセルリスは重力に身を委ね、落下の勢いを以てバースデイを地に叩き付ける算段を立てたのだ。
あまりにも豪快で無茶苦茶が過ぎる。だが、これこそがアクセルリスがアクセルリスたる所以とも言えよう。
「うおおおおーッ!」
「ち……やっぱバグってやがるわこいつ……!」
だが、このまま甘んじて受け入れるバースデイでもない。
〈──ッ!〉
トガネが何かを察知した。
己の主に承認を得るよりも先にその肉体に干渉し、バースデイを掴む手を離させた。
「え」
バースデイが離れてゆく。逃すまいと手を伸ばすが、既に届かない。
「トガネ──!?」
アクセルリスは一瞬面食らったが、直ぐにトガネの真意に気付く。
横切る刃を眼前に見て。
「──あーらら、スカッた」
太刀を振り抜いたバースデイは意地悪そうにそう笑みを浮かべていた。
同時に着地するアクセルリスとバースデイ。
「……トガネ、ありがと」
〈気にすんな! にしても、あいつやべえぞ〉
「うん。あの状況で太刀を回収するなんて、流石に想定外だ」
そう言いながらバースデイを見る。彼女は愉快そうに笑みを浮かべている。
「良い使い魔だな、流石はあのアイヤツバスが作っただけある!」
〈敵に褒められてもいい気分じゃねえぜ!〉
「この私が言うんだ、少しは誇りに思え!」
〈何様だよオマエ!〉
「私はバースデイ! 誕生の魔女バースデイだ! その固有魔法は『使い魔を生むこと』!」
〈使い魔を……?〉
「そうその通り! 私は特殊な魔法回路を仕込むことで、ほぼ無尽蔵に使い魔を生み出せるのだ!」
アクセルリスの記憶の内で様々な物語が巡る。
ともすれば、ゲブラッヘの後に現れたのも、ニューエントラルを襲ったのも、そしてさっき蹴散らしたのも、みな。
「ただまあ、個々の性能は酷いザマだがな。物量作戦頼りの雑兵にすぎん」
〈な、なんだと!〉
「それでも、それらは一つの命じゃないのか?」
残酷な銀はバースデイを強く睨みながら問うた。
「私が生み出した存在だ、その生殺与奪は我が手中にある! 何かおかしいか?」
〈あ、あいつ……!〉
「……」
アクセルリスは強い怒りに身を任せかけたが、整然たる理性でそれを押し留め、言った。
「お前がそう思うなら、それ以上口出しはしない。だけど」
アクセルリスはこめかみをトントンと叩き、バースデイの存在を刻んだ。
「お前は殺す」
〈同感だ! いつかは、あいつとケリをつける必要がある!〉
「いつかじゃない。今だ」
アクセルリスは槍を構え、再び踏み出そうと力を漲らせた。
【続く】