#1 朝、争乱の火蓋
【#1】
眼の無い飛竜が赤紫色の晴れ渡った空を飛ぶ。
至ったのは死んだエルフの森。その中に建つ一つの工房の上で、呻き声を上げる。
「MMGYAAAAAAAAA!」
「あら……?」
その声を聴き、工房から姿を見せる麗しき魔女。言うまでもなくアイヤツバスである。
「随分と変な声の鶏ね」
「MGYAAAAAA!」
降下し強襲を仕掛ける飛竜。
「躾がなってない使い魔ね」
アイヤツバスは動じず、生み出した魔法陣の縁でいとも容易く飛竜を両断した。
「MG……MM」
等分された飛竜の体はたちまち溶ける。そして、アイヤツバスはその痕に何かを見出す。
「手紙?」
確かにそれは手紙であった。体裁もちゃんとしたもの。
その場で封を切り、内容を読む。
「……へぇ」
そのとき。
「お師匠サマ?」
中に戻らないアイヤツバを心配して、奥から声がする。アクセルリスだ。
「……朗報よ」
「え?」
「アクセルリス、あなたにソルトマーチからの布告が届いてるわ」
「……え?」
「ウソじゃないわ。本当に書いてあるのよ」
手紙を渡されたアクセルリスは、それを軽く読む。
確かにそこには書いてあった。彼女に昨日と同じ、プリソンが見える崖に来いということを。
「……朗報?」
「魔女枢軸があちらから来てくれるのよ、朗報でしょう?」
「言葉の綾」
【英雄になりそこなった者】
「なんか既視感感じましたね」
「そうね」
アクセルリスはキッチンに立つアイヤツバスとそう言葉を交わした。
「うん? 何が?」
アディスハハにはわからないようだ。
「ううん、こっちの話。どうでもいい話でもある」
「そっか。ならいいや」
引き際が良いのがアディスハハの長所の一つである。
「ソルトマーチに呼び出されたんだよね」
「うんっ、そうだよ」
「私もついていくね。乗り掛かった舟だし!」
アディスハハはにっこりと笑顔を見せる。もう心配はなさそうだ。
「にしてもアクセルリスさ」
「ん? どったの?」
「すごい顔色悪いというか……眠そうだけど」
「まあそりゃ夜通しお師匠サマにみっちりレッスンしてもらったからね……さすがの私も疲れるってもんよ」
「大丈夫?」
「心配には及ばないわ」
言葉を返したのはアイヤツバス。その両手にいっぱいの料理を持って現れた。
「お、お師匠サマ! それは!」
「今日の朝ごはんよ。昨夜は頑張ったからね、栄養つけてもらわなくっちゃ」
「おほーーーーーっ!」
狂喜乱舞のアクセルリス。眼をきらきらと輝かせ、よだれはもはや止め処ない。
「勿論、あなたの好きな鶏肉三昧よ」
「おほほい! おほほい!」
「鶏肉パンもあるわ」
「と、鶏肉パンまで!?」
最早アクセルリスは一匹の飢えた獣だ。
「さあ、召し上がれ」
「いっただっきまーすー!」
料理が食卓に乗せられた瞬間、目にも止まらぬ速さで喰らい付いた。
「うわ……」
さしものアディスハハも引く勢い。だがアイヤツバスは変わらずにこやかに微笑み続ける。
「うふふ……アクセルリスったら、かわいいわねぇ」
「ええ……アイヤツバスさんの感性ちょっとわからない」
「でもアクセルリスってかわいいじゃない?」
「それはありますけど」
二人はそれを見守りながら、静かに食事を摂った。
しばらくのち。
玄関で身支度を整えるアクセルリスとアディスハハ、そしてそれを見守るアイヤツバス。
「残酷魔女への連絡は私がやっておくわ。気兼ねなく行ってきなさい」
「ありがとうございますお師匠サマ!」
「気を付けてね、二人とも。今日も三人で夜ご飯を食べましょう」
「はいっ! ごちそうをお願いしますよお師匠サマ!」
「アイヤツバスさんの手料理、楽しみにしていますね!」
明るい笑顔を見せる二人。心配はなさそうだ。
「じゃあ、いってきます!」
「いってらっしゃい」
微笑みのまま手を振り、二人の後姿を見送った。
「……ふう。これでよし、と」
一息つき、腰掛ける。
「しかし、バースデイには悪い事をしたわねえ……」
遠い目で窓の外を見る。
「だけどまあ。アクセルリスのためだから。しょうがないわよね」
そう言って微笑み続けた。その眼の色は、知れず。
【続く】