#2 沸き立つ根源の銀
【#2】
「……」
道中、アクセルリスは前を進むソルトマーチに対して並々ならぬ警戒を抱いていた。
彼女がいつこちらに不意討ちを仕掛けるか分からない以上、当然のものだ。
だがソルトマーチは一切そのような気配を感じさせなかった。
しかし完全に無防備というわけでもなかった。むしろ逆だ。
アクセルリスもアクセルリスで、度々その背に対して逆に不意討ちを仕掛けようと試みた。
だがその背に一切の隙は無かったのだ。
不意討ちをするでもなく、かといってこちらの奇襲を許すでもなく。
不気味なほどの均整を保ちながら、ソルトマーチは歩き続けた。
十数分後。彼女たちは見晴らしのいい、切り立った崖に辿り着いた。
「ここは」
「見えるか。あの街が」
「あれは……!」
一同が見下ろすは、半分ほどが燃え盛る街──プリソンである。
諤諤たる喧騒は、遠く離れているはずのアクセルリスたちにも届くほどだ。
「プリソンが……!?」
〈も、燃えてる!?〉
「無残な惨状だろう。あの破壊は私が導いたものだ。私の目的を果たすために」
「……!」
「私の称号は《御旗》。生物の感情を高揚させ、心身ともに活性化させる」
背負っていた棒を振り抜く。それは『旗』だった。
「この魔法で興奮状態になった民は、少し先導するだけで簡単に弾ける」
「そうやってあちこちで蜂起を指導してきたのか……!」
「然り」
アディスハハが怯えながら訊く。
「あ、あちこちって……?」
「……ソルトマーチ。あいつにはこれまでに多くの街で民衆叛乱を引き起こしてきた経歴がある」
「……! ひどい、なんでそんなことを!」
アディスハハの糾弾にも動じず、ソルトマーチは言う。
「『英雄』になるためだ」
「英雄……!? あなたのやってることの、どこが英雄なの!」
「苦しむ民に力を与え救いの道を示すのだ。これが英雄でなければ何だと言う!」
強く言い切るソルトマーチに二人は気圧される。
ソルトマーチは目を閉じ、そして振り返った。
「……プリソンでは残酷魔女も戦っているだろうな。私の気配に勘付いたか」
「……!」
アクセルリスが一歩を踏み出しそうになる──が。
〈──主?〉
「どうした? 行かないのか?」
「…………残酷魔女の使命は、『外道魔女の処分』だ。お前の言い分を聞くに、今あの街に外道魔女はいないだろ」
「然り」
「ならば、私がやるべきことは一つ。ソルトマーチ、お前を処分することだ」
処分対象を鋭く指さすアクセルリス。
「良い決断だな」
「というわけで、今からお前は私と戦うことになる。覚悟はいいか?」
「覚悟? 残念だが必要ないな」
「なに?」
「汝に私は斃せない」
ソルトマーチはそう言い切る。確固たる自信をもって。
「どういうことだ?」
アクセルリスは憮然と問う。
「残酷のアクセルリス。汝は気付いていないのか。自身の力の根源がどこにあるか」
「冗談言うな、そのくらい気付いてるさ」
銀の瞳に迷いはない。
「私は死にたくない。私は生きたい。その想いで戦ってる」
アクセルリスは己の残酷性を確かに掴んでいる。だから彼女は強いのだ。
だがソルトマーチは言う。
「それがもたらす反作用には気付かないか」
含みを持たせるその言いぶりにアクセルリスは舌打ちする。
「……何なんだお前、さっきから偉そうに分かったフウな事ばかり」
「ならば教えてやろう。汝は、『命が懸けられた戦いでしか本気を発揮することができない』のだ」
「あ……?」
眉が細められる。
「汝は己の命を永らえさせる事に執心する。それは魂の根源から湧き上がる本能だ。故に、本気で命を狙う相手には限界を超えた力で抗うだろう。しかし──」
ソルトマーチの声色は堂々とかつ泰然と。彼女のペースが作られつつある。
「しかしそれが裏目に出る。相手が命のやり取りを望まない敵であった場合、汝の発揮される能力は大きく零落する。だろう?」
「…………」
「故に汝は私には勝てないのだ。私は今ここで汝を殺す気はない。それは再三言っているからな」
「…………」
アクセルリスは黙ったままソルトマーチを睨み続ける。
「……」
時が止まったかのような静寂の中、ただ鋭い銀の眼差しが御旗の魔女を穿っていた──が。
「……残念ながら、お前のペースには乗らないよ」
「ほう?」
「流石は叛乱を指揮するだけある。私ですら乗せられそうになったからね」
「何が言いたい?」
「──そんな本能で縛られるほど、私はヤワじゃないッ!」
凛と吠えるアクセルリス。その眼に、声に、心に迷いはない。
「私には邪悪魔女、そして残酷魔女としての使命がある! 本能だけじゃない、使命でも戦うんだッ!」
〈流石主だぜ!〉
腰巾着のトガネ。
「だからお前が戦う意思がないだの殺す気がないだの言ったって、私は揺るがない! 残酷魔女として、お前を捕えるのみだ!」
決意は固く、一歩を踏み出す。
「随分と強い決意だ。そうか、汝は《鋼の魔女》……」
ソルトマーチは何かに気付いたように目を張った。
「御託はもういい! さぁ。腹を括れっ!」
これ以上の対話は必要ない、と槍を構え走るアクセルリス。
だが尚ソルトマーチは微動だにせず。
遂にアクセルリスの槍がソルトマーチに届く──
その寸前、槍は阻まれる。別の槍にて。
「あ?」
そして、反撃の槍が振るわれる。アクセルリスはそれを防御し飛びのく。
「こいつは……」
その目に映る、己の槍を阻んだ者。
『青白く半透明なアクセルリス』である。
〈な、なんだありゃ!?〉
「アクセルリスが……二人……!?」
焦る両者とは対照的に、アクセルリスは冷静に。
「魔力で記憶を再現する魔法……ゲデヒトニスだな?」
「正解」
無機質な声の主、記憶の魔女ゲデヒトニスはソルトマーチの背後に出現していた。
「ソルトマーチ/帰還命令/ご苦労←プリソンの襲撃」
「承諾した。邪悪魔女との接触、謝罪する」
「無問題/許容範囲」
僅かな会話を交わし、ゲデヒトニスはソルトマーチの腕を掴む。
「待て!」
「我/待たない/情報も与えない」
アクセルリスが走るが、その道はアクセルリス再現体に阻まれる。
「置土産/精々楽しめ」
「く……!」
半ば強制的に再現体との打ち合いにもつれ込む。その間にゲデヒトニス達は姿を消した。
〈くそ! 逃げられた!〉
「ああもう! この怒りこいつにぶつけるしかないかっ!」
両手に槍を持ち、再現体へ迫る。
「あいつに私の何が分かるってんだーッ!」
走りながら、二本の槍を再現体へと投擲する。
「──」
再現体は一切の声を発することなくそれを弾く。
「そりゃああああーっ!」
続いてアクセルリスが放つのは助走をつけてのドロップキック。強烈な一撃だ。
だが再現体は槍を交差しそれを受け止める。
「流石は私! だけど、本物の私はもっと上を行くッ!」
アクセルリスはドロップキックを決めた体制のまま長い槍を生み出し、地面に突き刺す。
「100%で届かないなら! 200%で行け! それが……」
そのまま己を受け止める再現体の槍を蹴る。
アクセルリスの体が、槍を軸に一回転し、そして。
「それがお師匠サマの教えだーっ! せいやーっ!」
遠心力を乗せた回し蹴りが過激に突き刺さる。
「──」
再現体の槍が、砕けた。
「隙見っけぇッ!」
杭打ちのような踏み付け蹴りが再現体の顔面にめり込む。
「──」
声のない悲鳴を上げながら再現体が倒れゆく。
「なに寝ようとしてんだッ!」
着地を決めたアクセルリスが手をかざす。再現体の足元から大量の槍が生え、その体を串刺しにし、縛る。
「じっとしてろよ!」
アクセルリスは体を大きく捻り、力を貯める。
「はぁぁぁああ……!」
鋼を纏わせた右足に魔力が迸る。銀色の奔流として可視化されるほどに。
そして、放つ。
「覇ァーッ!!」
アクセルリスの持てる膂力を極限まで凝縮した一撃。
それが放たれた瞬間、世界が震え、そして弾ける。
「────」
真正面からそれを受けたアクセルリス再現体は、己を縛る槍ごと空の彼方へ消えた。それはあまりにも一瞬の出来事だった。
残心を決めたアクセルリスは、その体制のまま余韻に浸っていた。
「ふ、うううぅぅぅぅー……」
深く息を吐きながら楽な姿勢に戻す。
あまりに強烈な一撃だが、流石のアクセルリスといえど多少の反動はあるようだ。
「おつかれ、アクセルリス」
傍に寄ったアディスハハがそう声をかけた。
「ん、アディスハハも大丈夫? 怪我無い?」
「大丈夫だよ。私はもう大丈夫!」
「あ、そうだったね! あはは!」
普段と変わらぬ談笑。
見下ろすプリソンも、既に怒号や悲鳴は聞こえない。炎の手も消えている。魔女機関もつつがなく仕事を終えたようだ。
「……ふぅ」
一息つき、アクセルリスは静かに空を見上げていた。
「──」
見上げたまましばらく経った。
流石にアディスハハも不安を感じて声をかける。
「アクセルリス?」
「…………だああああああーっ!!!」
その少しの衝撃で彼女は弾けた。
「うわぁっ!? どうしたの!」
「ソルトマーチ! あいつ超むかつく!」
「え? え?」
混乱のアディスハハを置いてけぼりに、愚痴を乱射する。
「ずっとなんかえらそーな態度して! ネチネチネチネチ厭味ったらしく言ってきて!」
〈主、語彙力〉
「長々と超然的な態度で此方の気に障るような発言を繰り返す精神攻撃が大変不快だった」
〈主、すごい〉
「こうなれば帰ってお師匠サマに精神攻撃を教わりたい所存」
〈主、根に持つタイプ〉
阿吽の呼吸の魔女と使い魔だった。
「よし!」
アクセルリスは勢いよく振り返る。
「アディスハハ、帰ろっ」
「あ、うん」
「おいしいもの食べてリフレックスだぁー!」
〈だな! 蕾の姉さんも一緒にメシ食おうぜ!〉
「いいの? じゃあご一緒させて貰おうかなっ!」
「いーねっ! じゃあお師匠サマに頼まなきゃ!」
そうして、一行は和気藹々と来た道を戻っていった。
【続く】