#1 あの御旗の元に
「すまない、今着いた」
焦りを見せながら扉を開くのは残酷魔女隊長シャーデンフロイデ。
これで、残酷魔女室には3人の魔女が揃う。
ソファの上でうずくまるアガルマトと、忙しなく作業をするアーカシャ。
「アーカシャ、状況は?」
「悪いけど、今忙しい。説明アガルマトよろしく」
「ぅゥぅ、ブワーフワ地方の《プリソン》にて大規模な民衆叛乱が起こっているわぁァ……」
「プリソンで? そんな予兆はなかったと聞くが」
シャーデンフロイデは訝しむ。だが事実は事実だ。
「現在、魔女機関はバシカル率いる機動部隊を派遣し事の鎮圧に臨んでいるわぁァぁ」
「私たちからも、グラバースニッチ・ミクロマクロ・イヴィユ・ロゼストルムの4人が残酷隊を連れて増援に向かっている」
「我々が出向く必要は? 外道魔女の存在は検知されたのか?」
アーカシャはメモを書き続けながら言う。
「さっきグラバースニッチから入った情報によると、相手は武装してこそいるがその殆どが戦闘経験のない一般人だそうだ」
「外道魔女そのものが現地にいるわけではない、と」
シャーデンフロイデは腕を組む。
「では何故残酷魔女を要した」
「簡単よ。プリソンには叛乱の予兆は一切なかった。平和な町だったさ。それが今朝急に爆発した」
「つまり?」
「然るに、莫大な大衆を扇動し叛乱にまで導いた──それも、一夜にして。その存在が裏に在ると読んだのさ」
「そ、そんなことをできる心当たりは一人しかいないわァぁァ」
「……ふむ、それ故我々の出番というわけか」
納得と共に腰を下ろすシャーデンフロイデ。その眼差しは今だ鋭い。
「ならば、その肝心の《奴》は見つかっているのか」
「見つかってはない……けど、グラバースニッチの鼻とミクロマクロの勘からしてそう遠くには行ってないらしいよ」
「……ミクロマクロはともかく、グラバースニッチの嗅覚は信用できる」
「ただ……ひとつ懸念というか、そいつがいる場所に目星が付いてる」
「というと?」
「今、アクセルリスがその近くにいるらしいんだよ。プライベートで」
「……なるほど」
「伝気石は渡してないから、連絡は難しいね」
「あ、あの子なら大丈夫だと思うけどぉォ……」
「信じるしかあるまい。我々は今出来ることをするだけだ」
「だね!」
彼女たちの戦いは、続く。
【英雄を目指した者──否】
◆
【#1】
プリソン。フルフワ草原地帯に囲まれた、ブワーフワ地方最大の都市だ。ヴェルペルギース直通の魔行列車も出ている。
人間をはじめとして、魔女や獣人、それ以外の種族も多く共存しているという街で、《人種の坩堝》という異名もある。
いたって普通の平和な街であり、叛乱の火種などは全く無かったはずだったのだ。
その裏には、一人の魔女の影があった……
──まあ、それはそれとして。
「ん~~~~~~っ!」
花の空洞。日光を体いっぱいに浴びながら、柔らかな草のベッドでのびのび横たわるはアクセルリスである。
「うわ、すごい声」
声をかけるアディスハハは草花に水をやっている最中だ。
「そりゃあねえ、ここしばらくずっと働き詰めだったんだもん。ひっさびさのお休みだぜぇ!?」
「アクセルリス、テンションおかしくなってるよ」
「トガネもすこやかだぁ」
「会話をしよ?」
〈悪いな、こうなった主はもう手を付けられん〉
「知ってる」
「うおー」
気の抜けた雄叫びを上げながらゴロゴロと転がり回る。魔装束に草がくっつくがもはやお構いなしだ。
「いやぁ、平和だぁ」
〈ムカデの姉さんが見たらどう思うんだろうな……〉
「ま、私のこんな姿見せられるのってお師匠サマかトガネかアディスハハくらいだし? たまにゃゆっくりくつろいでもよかろうよ」
「名誉……なのかな?」
〈わからねぇ……〉
と、どこまでも他愛のないやり取り。アクセルリスの言った通り、平和極まりない時間だった。
〈……待て、何か来る〉
「ッ」
使い魔の知らせを聞き、瞬時に起き上がる。スイッチを入れ替える。
それはすぐに二人にも分かった。
ザッ、ザッという足音が聞こえる。
それは静まった花の空洞によく響く。
「……」
二人は入り口を見つめる。
「御免」
その言葉と共に、その姿がだんだんと見えて来る。
──人である。
「……どちらさま?」
アディスハハは警戒を解かぬまま呼びかける。
影は答える。
「しがない者だ」
足音が止む。日の光の下に、その人物が晒される。
肩や胸に甲冑を纏い、背に長い棒を負うその姿は。
「──魔女」
アクセルリスは無意識にそう呟いた。否。アディスハハも気付いただろう。
その身体から発せられる、研ぎ澄まされた魔力。二人を本能的に畏怖させる。
「名は」
「私は《御旗の魔女ソルトマーチ》」
その名を聞いた瞬間、アクセルリスは槍を構える。
「外道魔女ソルトマーチ……!」
「げ……外道魔女!? 知ってるの、アクセルリス」
「うん、あいつもイカレた部類の魔女だよ」
驚愕するアディスハハに対し、アクセルリスは殺気を際立たせ言う。
「魔女枢軸の一員であるお前がなぜここに!」
「逸るな。私は果し合いをするためにここへ来たわけではない」
「その言葉を信用するとでも?」
「……そうだな。行動で示すべきか」
そう言うと、ソルトマーチはやおらその場に胡坐を掻き座り込んだ。
「私は嘘を好まん」
「……」
アクセルリスは目を細めた。彼女自身、感じ取っていた。
(態度だけじゃない──ソルトマーチからは殺気が感じられない)
残酷な環境で育った直感が、そう囁いている。
(今こいつに、『私たちを殺す気はない』──)
「……アクセルリス?」
沈黙が続いていたアクセルリスにアディスハハが声をかけた。
「多分、大丈夫だと思う。念のため、アディスハハは下がって」
「う、うん」
己の陰にアディスハハが潜んだことを確認し、ソルトマーチに向き直る。
「……なら、何をしに来た」
槍を消し、問い掛けた。
「鋼の魔女アクセルリス。汝を、見定めに」
「私を?」
「然り。我らに仇なすその鋼の意志。そしてその心に秘めた残酷の魂を」
「余計なお世話だ」
「つれない事を。汝の精神性を私は高く評価しているのだぞ」
「私の精神性?」
「そうだ。己が生き残ることだけを考えたその生き方。生きるためならば幾度も共に戦った仲間を切り捨てることすら厭わないそれをな」
銀の眼が細められる。
「……お師匠サマとトガネは例外だけどね。家族が大事」
そう言い返しながらも、よくわかってるじゃん、と心の中では自嘲する。
「だが、その心の鋼も曇っているのではないのか?」
「何がだ」
「変わっているのだろう。その線引きも」
「だから、何が」
「己を犠牲にしてまで守ろうとするものができたのだろう? その後ろの魔女が」
「!」
アディスハハを指さされ、アクセルリスは一瞬目を見開いた。
──が、すぐに元の光を取り戻し。
「それがどうした? アディスハハは、私の中で『護るべき存在』になってる。ただそれだけの話だ」
「アクセルリス……!」
アクセルリスは何一つ躊躇うことなくそう言い放った。アディスハハの目が輝く。
「ふ。仲睦まじいようで何よりだ。いかにもクラウンハンズが好きそうだな」
「これで満足した?」
「半分程度、はな」
「ならお前のことも聞かせろ」
「ほう?」
「お前の目的を、だ」
アクセルリスが今求めるものは情報だ。戦火の魔女に繋がるそれを、何が何でも手に入れる。
「いいだろう。しかし──」
ソルトマーチは立ち上がる。
「場所を変えよう。その方が都合よい」
アクセルリスが何か言う前に、彼女は振り向き歩き始めた。
〈我が道を行く、ってカンジだな……〉
「アディスハハ、どうする?」
「私も行くよ、一応」
「わかった。気を付けていこうね」
一同もその背を追って進み始めた。
【続く】