#3 はじめまして、私の影
【鋼の唄 #3】
アクセルリスの初仕事は(様々な騒ぎがあったものの)無事に終わった。
「……」
この二日の出来事を反芻し、考え込む。
だいたいは掴めた。環境部門としての仕事も、他部門との連携も。
あゝ、もう名実ともに邪悪魔女なのだな。
そう自覚した途端、アクセルリスには勇気とやる気が湧いてくる。
そうだ――邪悪魔女。憧れ続けてきた高い存在。
ついに手が届いたのだ。
「ん~やったーっ!」
喜びを抑え切れずベッドに飛び込む。
アイヤツバスが丁寧に整えたベッドはよく弾む。
相当な勢いで飛び込んだアクセルリスはバウンドする。それも派手に。そして。
「んぶんッ!?」
気付いた時には床に叩き付けられていた。何が起こったのか、彼女には分からなかった。
最後まで締まらないのがアクセルリスらしいといえよう。
◆
その日の夜。
「お師匠サマ、話って?」
二人は巨大な鍋を見下ろしている。あの鍋だ。
「あら、もう忘れたの?」
「……あっ! ゴホービ!」
「そうそう。約束は守らなきゃ、ね」
「わーい!」
「じゃ、仕上げるわよ」
アイヤツバスの周囲に四つの魔法陣が生まれる。それぞれの色は赤、青、緑、黄。
それらは次々と鍋の中に放り込まれる。
一つ、また一つと入れるたびに、鍋の中の液体が輝き、光る。
「お、おおお……」
アクセルリスも未だ見たことのない魔法だ。何をするつもりなのかさっぱり見当が付かない。
巨大な木の棒を操り、液体をかき混ぜる。
「アクセルリス、指出して」
「はい」
「ちょっと痛いわよ、ガマンしてね」
「……?」
そう言うとアイヤツバスは差し出された指にナイフで傷を付ける。
「痛!」
「ごめんね、でもこれが大事なのよ」
アクセルリスの指先から滴る血が、鍋の中に吸い込まれる。
すると、みるみるうちに液体の色が黒濁していく。
「これでよし。行くわよアクセルリス、覚悟はいい?」
「か、覚悟!? 何の覚悟!?」
「えいっ!」
アイヤツバスが両手を合わせる。
それに合わせて液体が泡立ち、間欠泉のように吹き上がる。
「うおおおお!? おおおお!?」
思いもよらなかった事態にビビるアクセルリス。肝っ玉が足りていない。
そうこうしていると、未だ噴出を続けている黒濁の内より、赤い球のような光が飛び出してきた。
その光は辺りを彷徨ったのち、アクセルリスの『影の中』に身を潜めた。
〈ふぃー、生まれた生まれた〉
「うわぁー!? 何か入ってきたし喋った! 何者!?」
〈オイオイ、何言ってんだ? アンタがオレの主だろうに〉
「へ?」
全く意味が分からないアクセルリス。
「うふふ、まあ無理もないわ。なにせ何も説明してないんだもの」
「お師匠サマ、こいつは一体!?」
「その子は《シェイダー》。ま、使い魔ってとこよ」
「使い魔……って、何で私が主ってことに!?」
〈アンタの血、頂いてますんで、まあ〉
「……そういうこと!?」
「そういうことね」
「はー、なるほどなるほど。シェイダー、でしたっけ、こいつの特徴は?」
「そりゃもう見ての通り、影の中に潜むことよ」
「ほほーん」
アクセルリスはたった今生まれた自らの使い魔を観察する。
やはり影の中にいるようだ。アクセルリスが動けば、その影の中で向こうも動く。
「そろそろ名前を付けてあげたらどう? 種族名で呼ぶのも何か味気ないし」
「名前、そうですね!」
〈オシャレなのでよろしくな!〉
「任せときなさいよ! 私のネーミングセンスはピカイチなんだから!」
思考時間は30秒ほど。アクセルリスの答えは。
「《トガネ》!」
「……なるほど、トガネ」
〈……どういう意味なんだ?〉
「特にないっ!」
「……」
〈……〉
これには流石のアイヤツバスも絶句。
「……えっと、まあ、じゃあそういうワケで」
〈おいおい待て待てそれでいいのか我が創造主〉
「確かにあなたを創ったのは私だけど、主はアクセルリスだから……」
「そういうこと! 黙って従いなさい!」
〈……まじかよ〉
トガネはそうぼやいたが、手遅れ。
そんな訳で、アイヤツバス工房にまた愉快な仲間が増えた。
彼女の物語は、まだ終わらない。
【鋼の唄 おわり】