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残酷のアクセルリス  作者: 星咲水輝
1話 残酷のアクセルリス
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#1 始まりの息吹、鋼の一歩

 三つ眼のカラスが紫色の空を飛ぶ。


 辿り着いたのは深い森、降り立ったのはとある工房。表札であろう看板は、おびただしい数のツタに覆われその役目を果たしていない。

 カラスは器用にその扉をくちばしで数回突く。


「あら、手紙?」


 中から現れたのは、メガネが似合う麗しい女性。

 カラスの首から一通の手紙を受け取る。役目を終えたカラスは再び飛び立つ。

 その場で封を切り、内容を読む。


「お師匠サマ、どうしました?」


 中に戻らない女性を心配して、奥から声がする。少女の声だ。


「……朗報よ」

「え?」

「アクセルリス、貴女に《邪悪魔女(マジア・ファルネス)》の座が与えられたわ」

「……え?」

「ウソじゃないわ。本当に書いてあるのよ」


 手紙を渡された少女──アクセルリスは、眼をこすり、一文字一文字しっかりと、読む。

 確かにそこには書いてあった。彼女を《邪悪魔女(マジア・ファルネス)》の一員として認めることを。


「え、え、ええええええええええええええ!?」



【残酷のアクセルリス】




【1章 序曲:鋼の魔女】







【残酷のアクセルリス #1】


「良かったわねアクセルリス。ついに努力が報われたのよ」

「はい! これ、夢じゃないですよね!?」


 アクセルリスはずっと頬をつねり続けている。未だに現実を受け入れられないのだろう。


「もちろん現実よ」

「うわぁー……夢にまで見た、邪悪魔女……! やっと私もそのメンバーに……!」

「歓迎式は明日の夜、定例夜会と同時に行われるそうよ」


 想像に耽っていたアクセルリスだったが、不意に現実に帰る。


「そうだ、服! こんな時代遅れな魔装束じゃダメですよね……」

「大丈夫よそのままでも、服装なんて誰も気にしないわ」

「そ、そうですか?」

「うん。それに私も付いているしね」

「そうですね! お師匠サマよろしくお願いします!」

「やだぁそんなかしこまっちゃって……明日もいつも通りのアクセルリスでいればいいのよ」

「分かりました! がんばります!」


 ◆


「吉報は入ったけど、やることはやるわよ」

「はい!」


 所変わって工房の地下。大きな鍋の前に二人は立つ。

 鍋の中では見るからに危険そうな劇毒色の液体が湯だっている。


「今日必要なのは《サケビタケ》、《キリサキの実》、《ブドウガエルの眼》よ。完成も近いし、よろしくお願いね」 

「かしこまりました! アクセルリス、張り切って参ります!」


 依頼を聞き届けたアクセルリスは眼にも止まらぬ速さで飛び上がり、飛び出していった。


「気を付けるのよー」





 鋼の箒──というより槍に乗り、アクセルリスは空を駆ける。

 彼女は《鋼の魔女》。大地や空気中から鋼の元素をその手に集め、操り、己の道具とすることを得意とする。


「まずは《サケビタケ》ね! あの辺りかな?」


 方向転換し、地表に向かって急加速。

 ずどん。槍が刺さった轟音。衝撃波が周囲の木たちを怯えさせる。


「よっと!」


 アクセルリスが手をかざすと、鋼の槍はたちまち元素に戻り、あるべき場所へ帰る。


「さてさて、早速探索と行きますかね!」

「あーっ! 何かなと思ったらやっぱり!」


 突然の大声に出端をくじかれる。


「げっ、この声は」

「もー! みんなが怖がるし危ないから配慮してって言ったじゃないの!」


 現れたのは少女。背丈は小さめで、その背には弓矢を携えている。種族は妖精(エフュア)のエルフ。


「あはは、ごめんねファルフォビア」


 彼女の名はファルフォビア。この《死んだ妖精の森》の警護を行うエルフの一人である。


「……はぁ。正直もう慣れちゃったけどね……それで、今日は何?」

「今日も素材集めだよ。欲しいのは《サケビタケ》と《キリサキの実》、あと《ブドウガエルの眼》! どこにあるか分かる?」

「まあ分からんでもないけど……タダで教えるのも癪に障るなぁ」

「え゛、ひどい」

「あんたが来るたびに森の木たちや動物たちが怖がってるんだからね?」

「うぐ、申し訳ない……」

「……ま、いいけどさ。付いてきてよ」

「わーい、ありがと!」


 ファルフォビアは森の奥へ。アクセルリスも続く。


 ◆


「サケビタケ、何本必要なの?」

「まあ十本くらいかな?」

「ふーん。ほら、あったよ」


 ファルフォビアの指差す先には、確かに無数のキノコが生えていた。


「おお!」


 早速もぎ取りにかかるアクセルリス。


「ああ、ストップストップ!」


 しかし、その動きはファルフォビアに止められる。


「うぁあ。何するの!」

「そのまま採っちゃ駄目だよ。知らないの?」

「え、初耳」

「はぁ……よくそんなんで邪悪魔女になれたね」

「失敬失敬……って、何でそのこと知ってるの」

「まあね。私たちエルフの諜報力、舐めないでよ」

「それで、安全に採取するにはどうすれば?」

「全然聞いてないし……まあ、ちょっとしたこしらえよ」


 ファルフォビアが取り出したるは小さな袋。その中から光る粉を摘み、サケビタケが生える樹に振りかける。


「これは?」

「《エルフの眠り薬》。サケビタケはその名の通り、もぎ取られたときに叫び声に似た高音を発するの」

「ほうほう」

「その音自体私たちにとっては無害なんだけど、それを聞いた野生動物たちは一種の興奮状態になって、音源に集まってくる。だから危険なの」

「ふむふむ」

「だからこうやって、サケビタケを昏睡状態にさせてから採る。まあ、あんたたち魔女は魔法でどうにかしなさいな」

「へー」

「……ちゃんと聞いてた?」

「き、聞いてたって! ホントだって! ありがとうね!」


 無事、アクセルリスはサケビタケを手に入れた。


 ◆


「キリサキの実は、まあ基本的には無害ね」

「木の実だもんね!」

「見える? あの木」

「見えるよ!」

「あれがキリサキの木。最近誰かが採りに来たって話は無いし、好きなだけ持っていくといいわ」

「よーし!」


 アクセルリスは張り切って走り出す。


「ただ……」

「……ん?」


 早々にその足が止まった。疑惑を抱えながら、ゆっくりと振り向く。


「キリサキの実はとても鋭利な形と硬さをしてる。触ったら切り傷になるし、下手したら指を持ってかれることも……」


 アクセルリスの顔が青ざめる。


「……も、もっと早く言ってよ!?」

「いや、流石にこれくらい知ってるかなって?」

「安全に採るすべは?」

「うーん……これに関してはどうもね……私たちエルフも各々好きな方法でやってるから」

「ファルフォビアは?」

「私は採った事ないし」

「なんと」

「まああんた魔女なんだしどうにでもなるでしょ」

「うーん……」


 アクセルリスは沈思黙考。ファルフォビアはその様子を見ながら、今日の夕飯を何にしようか考えてい

た。


「そうだ!」

「うわっビックリした、いきなり大声出さないでよ」


 ファルフォビアの言葉を無視し、行動に移る。

 まず手始めに、先程の鋼の槍箒を生成。


「直接採るの? でも触るだけでも危ないんだってば」

「ふっふっふ……まあ見てなって!」


 次にアクセルリスは両腕に鋼の元素を集める。

 そうして生成されたのは鋼の籠手。


「……なるほど。それなら傷つかないね」

「でしょー! いくら硬い木の実だって、鋼にゃ勝てないよ」


 無事、アクセルリスはキリサキの実を手に入れた。


 ◆


「ブドウガエルは……」

「これなら知ってるよ、猛毒なんでしょ」

「うん。個体によっては素手で触るのも危ない場合もあるね」

「でも鋼でガードしちゃえば問題ないね」

「……そううまくいくかなぁ」

「え?」

「ブドウガエルが口から吐く毒は強酸性で、鋼を溶かすことも容易いの」

「なんと、じゃあどうすれば」

「大丈夫! 私にいい考えがあるわ」

「ほう?」


 そうこうしているうちに辿り着いたのは沼。


「ブドウガエルならここに腐るほどいるわ」

「うわっホントだ。それで、いい考えって?」

「私たち二人の力を合わせるのよ」

「……というと」

「ま見てて」


 ファルフォビアが取り出したるはまたも小さな袋。


「それは……さっきの?」

「いかにも。これを……こうする!」


 ファルフォビアは眠り薬を派手にぶちまけた。


「……ええ」


 アクセルリス、絶句。


「これで動きは封じられたわ。当然強酸なんか出せっこない」

「……うん、まあそうなんだけどね?」


 もう少し穏便に事を運ぶことは出来なかったのか。アクセルリスはそう思った。


「さ、後は好きにどうぞ」

「うん、ありがとう」


 なにか釈然としない気持ちは抱いたが、まあ良しとすることにした。

 無事、アクセルリスはブドウガエル(の眼)を手に入れた。


 ◆


「今日はありがとうね、ファルフォビア」

「いいよいいよ、困ったときはお互い様だから。でも今度からは静かに来てよね」

「う、分かったって、あはは……」

「ほんじゃ、またねー」

「ばいばーい」





 既に時は夕を刻んでいた。

 工房に戻ったアクセルリス。いい匂いがする。師匠が料理していたのだろう。


 アクセルリスの師──名をアイヤツバスと言う。

 彼女は《知識の魔女》。魔法もさることながら、料理の腕前も一級品。

 アクセルリスは時々、自分なんかがこんなすごい人の弟子でいいのか考えたこともあった。

 彼女がアクセルリスを弟子として育てる理由は未だに知らない、というか一切話さないのだった。


「アクセルリス、ただいま戻りましたー」

「おかえりなさい。ちゃんと採れたかしら?」

「ええもちろん、ばっちりですよ!」

「ふふ、それは良かった。早速こしらえましょうか」

「はい!」


 再び二人は鍋の前に立つ。

 アイヤツバスが採りたての素材を鍋に放り込み、魔法を唱える。

 アクセルリスはそれを眺めるのみ。

 今、何をしているのかアクセルリスは知らない。辛うじて、何かを錬成しようとしているのだけは分かる。


「……よし、こんなものね」


 終わったようだ。気のせいか、液体が輝いて見える。


「さて、夕食にしましょう。今日のメインはあなたの好きなジゴクドリの丸焼きよ」

「本当ですか! やったー!」


 テーブルにはたくさんの料理。どれもこれもアクセルリスの好物ばかりだ。


「いいんですか……こんなに!?」

「勿論。今日は記念日だからね」

「あああ……ありがとうございます……!」


 手あたり次第料理を頬張るアクセルリス。彼女は体躯に見合わず大喰らいなのである。


「ふふふ」


 アイヤツバスは微笑む。

 食に一生懸命なアクセルリスは見ているだけで癒されるのだ。


 結局、料理はほとんどアクセルリスが平らげてしまった。



「ご、ごめんなさいお師匠サマ、全部食べちゃいました……」

「いいのよ、私さっき食べといたから」

「えっ!?」

「ふふふ、こんなこともあろうかとね」

「全部お見通しだったんですね、あはは……」

「さ、今日はもうお風呂入って寝ましょう」

「分かりましたー」


 ◆


 入浴も済ませ、床に付いたアクセルリス。

 気付けば時は既に‘ライオンの4‘を示している。

 だが未だ寝付けない。

 無理もない。明日はついに邪悪魔女として認められる日なのだ。彼女の夢が叶う日なのだ。

 妄想想像が止まらない。他の魔女たちと上手くやって行けるだろうか。邪悪魔女としての役目を果たすことが出来るだろうか。


 ──結局、アクセルリスが眠りに落ちたのは‘サソリの3‘であった。


【続く】

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