矛を収める
目の前の土下座をしていた男は水干姿で、五十ぐらいか。
若い男を跪かせているのは、俺と同年代の男でこちらはスーツ姿だ。
「お前ら、陰陽師か。」
まだ興奮が醒めていない俺の口調は荒い。
「左様で。」
「何だアレは。ここで大災害でも起こす気だったのか!」
自分の事は棚に上げているが、気にしたら負けだ。
「今回は明らかに我らの不適切な対応と非礼を詫びさせていただきたい。」
「最初に敵意は無いと伝えたが、問答無用で襲い掛かってきたぞ。詫びて、済む…」
荒げた自分の声に気付き、思い直す。
「詫びも良いが、状況を説明してくれないか。」
目の前の男は俺達を襲った若い男と似ているというレベルではない。
「我々は、天府会という組織に所属している、陰陽師で、弓削道信と申します。この者、いや、我々の短慮により、この様な行為に及んでしまい、誠に申し訳ありません。」
深く頭を下げた。
「浅葱稲荷に祀られる祭神よりあなた方の事をお伺いしておりました。」
「ああ、タケヒコさんからか。」
「タケヒコ?」
「浅葱稲荷だろ?」
「ええ。外国からこの国の者とその外国の黒竜との間に成した子が来たと。敵対したく無いため、予め面通しを望んでいると。」
「まあ、その通りなんだが、少し待ってくれ。」
そう言ってからギンタに声をかける。
『そこの馬鹿は別だが、俺達が敵対しないようタケヒコが紹介してくれたんだ。もう警戒を解いていつも通りにしてくれ。』
『分かった。』
ギンタが黒竜の姿から少女に戻る。
「俺はただ、娘と一緒に平和に暮らしたいだけだ。誰とも敵対したくない。今日のような事がないようにしたかった。」
「その辺りは稲荷様から聞いている。ただ、貴方の娘はあまりにも強大な力を秘めている。私個人としてはその気持ちは理解できるが、我々も組織としてここに来ている。何らかの確証を得たいところではあります。」
「確証とは言われてもな。今日みたいに敵意を向けられれば、俺は立ち向かう。」
「貴方がそのような人物であるのは聞いております。」
「トリヴォニアの事も知っているのか。」
「三百年前に日本人が東欧にいた。子を成した相手は闇の化身たる黒竜であり、極めつけはタイムスリッパーという噂ですからね。」
「好きでしてるんじゃねぇよ。」
「掛かる火の粉は徹底的に排除にかかりますが、基本的には理性的で誠実な人物であることは確認できましたし。」
もう、話をするだけの気力や集中力を失い、聞き流しているだけになってきた。
肋骨にも罅が入っているだろうし、全身打撲だらけだろう。
「話の続きは明日にしましょうか。病院まで送ります。」
「頼むよ。」
俺の車は、彼らの部下が俺の家まで運んでくれることになった。
病院は、彼らが懇意にしているという東京市内の総合病院だった。
開いた傷口の処置もしてもらった後、引き続き話をするかどうか考えていたが、ギンタが睡眠をとることを聞き、後日連絡してくることになった。
自分の車の鍵を受け取ってからタクシーで家まで帰り着く頃には、空も白み始めていた。




