騰虵(とうしゃ)
「もう、ガキでも命の保証はせんぞ。」
『ハル、白鯨行くぞ。』
『殺す気か!?』
『まだ隠し玉を持ってやがる。』
黒竜になったギンタに馬頭がやられても、動揺が少ない。
牛頭も馬頭とはそこまでかけ離れた力を持っているわけではないなら、そう考えるしかない。
クレイモアを撃ちながら距離を取り、義手の制御を解除し、カランビットを捨て、トリガーを握る。
俺の周囲に発生した金属片が周囲に飛び散る。
来る。
牛頭らしき気配を感じ、身を躱そうとするものの、すぐに捉えられ、再び俺は倒れるが、後ろから迫るギンタのたった一撃の爪撃に掻き消されたようだ。
桁が違うとは、こういう時に使う言葉なのだろう。
目の前の少年は何かを叫び始める。
今度は俺にも見える。
蛇だ。
蛇が炎中から現し、ゆっくりと羽根を拡げる姿が見える。
最初は人間大であったが、その姿は拡げた羽根とともにその大きさを増していく。
『騰虵だ。』
マナや魔力を感じ取れない俺ではあるが、本能的にユーグと同じぐらい若しくはそれ以上の危険を感じる。
『ユーグと同格以上か!?』
『確実に上だ。』
『何か分からんが、あれはヤバい。ギンタ、逃げろ!』
100発分のプチメテオの魔法の発動と脱出用のハンドルの発動をハルに伝える。
プチメテオは上空8000mから一つ100kgの紡錘形の鉛の塊を落下させる魔法だ。
発動までにかなりの時間を要するため、普段から100発分の鉛塊を普段から上空に用意させている。
順次、マナが切れれば消滅するが、それを維持するようにしており、使用する際にはそのうち必要な数だけトリガーに合わせて落下するようにセットをするようにしているのだ。
別にトリガーを生成しなくとも、ハルが発動してくれることもできるので、今回はハルに頼む。
脱出用のハンドルはプチメテオ着弾の衝撃から避難するためのもので、バーニアにハンドルを取り付けた単順な構造のもので、ハンドルを握ると約2kmを飛んで脱出するというものだ。
『馬鹿者!こんな町中で使えばどうなるか分かってるのか!全部使ったら戦術核並みの威力があるんだそ!』
『なら、10発で良い。』
2発で概ね大規模爆風兵器と同程度のエネルギーを有している。
『私が行く。』
ギンタが会話に割り込んでくる。
『駄目だ!勝てるとしても、また、昔みたいに暴走したいのか!』
ギンタが逡巡したところを畳み掛ける。
『ここは俺が行く!あんな危険な物を野放しにできるか!生きて帰るから家で待ってろ!』
ギンタが後ろに下がる。
『セット出来たか、ハル。』
『本気か!?』
シールドを三枚重ねで、ギンタも守るように展開させ、銛をまず二発、間髪を入れず、残りの三発を撃ち込む。
一発はその炎で撃ち落とされ、その身の細さのためニ発は外れ、三発は命中する。
その身から血の代わりに炎が溢れ出す。
「そのぐらいで倒せるとは思っちゃいねえよ。」
多少のダメージは見られるが、致命的なものではない。
『ハル、頼む。』
『本気か?』
『ああ。』
『分かった。』
着弾まで、2分かかる。
時間を稼ぐために砲撃も連発するが、発動したのは二発だけで、後はマナの枯渇のために発動しない。
脱出用のハンドルも発現していないことに愕然とする。
『この辺りのマナが吸われて枯渇しているが、騰虵自身の力はまだまだ膨れ上がっている。牛頭や馬頭とは根本的に違う。天災レベルだな。』
『済まないな、ハル。俺はギンタを守る。』
俺はギンタに退却を伝える。
『ギンタ!逃げろ!』
閃光とともに、展開していたシールドは破壊され、その余波で俺は吹き飛ぶ。
『ケンジ、危ない!』
ギンタの声に顔を上げると、土下座をした男が眼前に居た。
「止めてください。騰虵はもう返しました。貴方にも娘さんにも危害を加えることはありません。」
何があったか理解はできないものの、完全に無抵抗の人間が目の前に現れたことで、俺は動けなくなった。
事態を飲み込めない俺にハルが説明する。
『あの男の仲間が、あの少年を止めた。プチメテオを解除するぞ。』
確かに騰虵とかいう式神の姿は消えていた。
『ああ。』
次の瞬間、上空からソニックブームの爆発音が断続的に響き、音圧か衝撃波の残滓か分からないものに叩きつけられ、身体が押さえつけられる。
緊張の糸が切れ、立ち上がるのを諦めた。




