魔法術式
ちまちまと、ネタ集め、デバッグとリンク依頼を繰り返す日々を送っているうちに、義手をもらう日が来た。
佐伯医師と理学療法士から着け方や使用についての指導を受ける。
手の先を義手に入れ、肘の上にバンドを巻いて固定するタイプで、その先にフックが付いている。
海賊船長の着けているようなやつだ。
医療保険が適用されるものしかないため、目の前の型しか用意できないこと、見た目を重視したものもあることも説明してくれた。
五指が稼働するものについては、保険適用対象外のうえ、魔力が全く無い俺には使えないことを改めて説明してくれた。
さて、サイトの方は立ち上げから一月の間に日に1000近いアクセスが集まってきた。
これから、荒らしや炎上などの抑制のための監視ツールなど、対応を組み込みながら成長させていく必要がある。
また、既に携帯機器が発達しているため、短文投稿サービスなど、携帯機器向けのSNSが急激に発達すると予想されるので、掲示板との連携も視野に入れ、開発と今後の運営を検討していこう。
義手については、何とか手に入れられないかケースワーカーの小川さんと相談してみたが、医師の診断が必要であるうえ、そもそも使えないので、諦めるように言われた。
手に入ればハルが何とかしてくれると言っていたのだが、ハルの事はあまり言いふらすものではないと考えると、これ以上の交渉は難しいだろう。
普段の生活にも支障があるだけでなく、やはり両手でタイプしなければ、全く効率が上がらないので、弱っているところもあるのだ。
サイトの開発とともに、魔法についても色々と調べることにした。
市立図書館に専門的な蔵書が少なかったため、都立図書館をよく利用するようになっている。
一般図書と専門書との配置しているフロアが異なることもあり、専門書フロアは静かで落ち着いて調べものができるので、結構気に入っている。
『なぁ、トリヴォニアの精霊達はみんな元気か。』
『ああ、我らと関わりのあった者達は全て健在だ。また、精霊印を頼みたいのなら、問題ない。』
『なるほど。あと、イングナのような精霊師はまだ居るのか。』
『ああ、今はロヴェナという者を始めとして数人ががロッコにいる。ただし、イングナのように強い力を持つ訳ではない。』
『イングナの力は見ていないけど、本当はすごかったんだよな。』
『必要があればまた説明してやる。』
『その時は頼むよ。』
ハルとの会話を終え、魔法の学習に戻る。
新たに発見された魔力による『力場』の概念を学習している。
今まで、欲しいものが手に入らなければ作るという考え方で生き続け、料理から始まり、プログラムを覚えていった。
さて、何が欲しくて、作り出そうとしているのかというと、義手だ。
五指の動く型のものを力場で形成できないかと考えている。
前の時代でも、攻撃用の捕鯨砲台など術式で作り出して使用していたこともあり、これを応用して作ろうと画策しているのだ。
まぁ、合わせてしようとしている、これまで作成してきた魔法の再構築ができれば、それだけでも充分だとは思っているが、時間とハルと精霊達のサポートがあれば可能だろう。
超高性能の3Dスキャナとプリンタのセットがあるのと同じだ。
更に今までは金属等を具現化させて魔法を行使していたが、これを『力場』に置き換えることができれば、軽量化や高性能化も目指すことができる可能性があるのだ。
まぁ、元にいた日本とほぼ同じ平和な国なので、攻撃魔法等は必要ないだろうが、備えあれば憂いなしということにしておこう。
銃の開発にも、一年の月日を費やしていたし、気長に開発を続けていけば良いと思っている。
『しかし、片手では開発も進まんし、金も貯まらんし、不便だな。』
『まぁ、そうなんだが、何にせよその片手を手に入れる金がないから、小銭が貯まるまでちまちまとサイト運営でもするしかないし。それも一定の元手が貯まるまで事業拡大できないしな。』
『金さえあって、端末が手に入れば、色々と効率が上がるところなんだがな。』
『端末か。もしかして、魔法陣とか携帯端末で呼び出して実行できるのか。』
『別に不審はないだろう。紙で再現してたものをディスプレイで再現するだけだからな。』
『前は銀インクで記載してたりしてたんだが、物理回路が無くても問題ないのか。』
『別に物理的なものが必要だったわけではない。その方が効率が良いからだけの理由だ。電磁波の流れもあるから、親和性も高い。』
『ということは、魔法術式さえ記載できれば、素材は何でも良かったわけか。』
『そうでもない。銃や捕鯨砲台など金属への記述は、伝導性の異なるものを使用しなければならなかったし、紙に普通のインクでは、素材としてマナの流れが明確にならず魔法は発現しない。今までの方法が間違っていた訳ではない。』
『ただ、解像度の問題もあるし、これまでの魔法術式を描画していくのも時間がかかるな。』
『お前の元の職業は何だ。』
『プログラマーだ。』
『描くのが仕事ではないだろう。』
『まぁ、絵を描くのも苦手じゃないが。ってか、そういうことか。しかし、言語体系を構築するとなると、時間もかかるし片手じゃ難しいな。』
こちらに来てから、なんとか片手でこなしてきているが、これ以上大規模なプログラムとなると、終わりが見えないな。