生活扶助
インターネットで地図情報サービスが開始していたので、現在位置を確認してみる。
まだ、自由にドラッグスクロールできないが、充分役に立つ。
この世界の日本らしき国は、文化や歴史は似通っているものの、列島の形から異なっていた。
当然、地名や都道府県名も異なり、以前に住んでいた地名は存在しない。
元いた世界とは異なり23区は存在せず、「東京特別市」が代わりに存在し、その他の市町村と合わせて「東京府」を形作り、この「日本」の首都となっている。
現在いる浅葱病院は、東京府浅葱市南禅寺という場所に建っており、東京の北西側の郊外になる。
元にいた「日本」とも地理的なところからかなり異なっており、同じ言語と似た文化を持った異なる国と考えたほうが腑に落ちる。
非合法な方法で住民票を取得する、身元不明のままで生活するなども考えてみたが、大人しく保護を受けた方が誰にも迷惑がかからないと判断した。
警察官の聴取に対して、記憶が混乱していると前置きして、基本的には記憶が無いのだが、覚えていることとして、伝えた方が良さそうな事は、元にいた世界の情報で話をする事にした。
嘘を吐くと、後からのフォローが面倒だ。
佐伯医師から記憶障害の診断をもらい、住民票の作成手続きが行われ、スムーズに生活に必要な扶助を受けることができた。
こちらの世界では「生活扶助」と呼ばれている。
区役所の窓口と相談して、六畳一間のアパート紹介してもらい、そこに住むこととなった。
風呂無し、トイレ共同だが、銭湯もそんなに遠くなく、そこはさほど問題ない。
二週間もかからず、入居できるとは思ってもみなかった。
こんなに早いものなのか、それとも職員が優秀なのか判断がつかないが、退院可能な日に間に合ったのは、非常に有りがたかった。
心苦しいところもあるが、片手を無くした今の状況では生活基盤を整えることが難しいので、少しの間だけ甘えさせてもらおう。
以前の世界ではきちんと納税してたことだから、遠慮しなくても良いだろうか。
住民票は作成されたが、今のところはまだ無戸籍者であるため、就籍の手続きを行うことができるらしく、家庭裁判所に対して就籍許可申立てを行っていくとのことだ。
具体的な手続きは、窓口で聞きながら進めていこう。
インターネットで情報を集めていたところ、以前いた時代に比べて、科学だけでなく、魔法も大きな発達を遂げていた。
前にいた時代に無かった『力場』の概念と技術が開発されていた。
そう、『バリア』等のことだ。
もう少し詳しく調べようと思っていたのだが、まだインターネットは黎明期にあり情報量も少なく、その確度も低いため、これ以上の情報は専門書を探すしか無い。
しかし、この郊外の図書館では所蔵していない可能性もあるため、都心の図書館に行った方が良いだろう。
義手が支給されるまで、職業紹介所に行かなくて良いと言われているため、図書館に行く時間はたっぷりある。
義手が付けられるようになるまで、二ヶ月かかるらしく、その間は特にすることも無い。
パソコンを手に入れたいのだが、新品だと大学初任給を超えるぐらいはするため、まだまだ高価で手が出ない。
自作したとしても、生活扶助の月額の半分以上は消えてしまう。
まずは、ケースワーカーに相談してみようか。
市役所に出向き、ケースワーカーに相談したところ、技能修得費からの支出も可能で、生活費からの捻出も特に問題ないとのことであった。
一般的な技能自体は既に修得していることを話すと、技能修得の目的では手続きが面倒になるのと、一般的に就業が制限されてしまうらしい。
片腕で、しかも高機能の義手も使用できないため、プログラマとして避けられる可能性もあったため、生活費から捻出することで決着した。
ケースワーカーの彼女が何でも親身になって相談に応じてくれるので、非常に助かる。
東京の深谷という街が電気街になっているらしく、そこまでの行き方もついでに聞いておいた。
彼女は小川さんといい、就職して3年目になるとのことだ。
これ以上、若い子の個人情報を聞いてしまうのはまずかろう。
こちらに来てから話をする人間がいないので、ついつい彼女相手に話し込んでしまうので、謝っておいた。