急性瘴気中毒
魔力暗室から出て、小野くんに結果を聞くと、何の振れも無い一本線の記録紙を見せられた。
「身体や精神に変調はありましたか?」
「全く分からなかったよ。」
「無色のマナの変化は検出できませんでしたね。ただ、白鬼を顕現させるレベルのマナを流し込まれてもその反応ということは、四元素の時と同じようにマナが無効化されている可能性が高いですね。」
「この体質を使って、何かできないかな?」
「無理です。いや、瘴気でも同じ事が起こるのなら、瘴気の浄化に使えるかも知れませんね。」
「ギンタがいるから、ほぼ必要ないけど、試してはみようか。」
「まあ、やってみますか。」
「面白そう。」
また、機材の開発が必要かと思っていたが、ギンタがいるなら、必要ないな。
「やってみるか。」
早速、外したセンサーを付け直し、今度は魔力暗室の扉を開放したまま、先程と同じように実験してみる。
「いく。3、2、1。」
その瞬間、不安、怒り、苛立ちのどれともいいきれないような物が心を支配する。
「うぅぅ。」
俺は呻くとともに、急に気分が悪くなり、その場で吐いてしまう。
胃液しか出なかったため、床はさほど汚れずに済んだ。
「大丈夫?」
青い顔をして、ギンタが俺を抱き締めてくる。
「鈴木さん、大丈夫ですか?」
混濁し始めた意識の中で、大丈夫と答えた筈だが、その場に倒れ込んでしまった。
『あ、あう、ぐぐぅ。』
ハルの様子かおかしい。
朦朧としているなか、何かが、感情のようなものが伝わってきた気がする。
まるで、憎しみのようなものであった。
気が付くと、ギンタに膝枕をされていた。
「良かった。」
体調よりも、何よりも気になる事があった。
まだ、魔力暗室におり、その扉が閉まっているか、首を巡らせる。
「ケンジ、大丈夫。閉めてもらった。」
「ギンタも感じたか。」
「ハルは『憎い』と言ってた。違う人間みたいだった。」
「俺は憎しみを感じただけで、言葉まで聞こえなかった。『憎い』か。一体、誰が憎いのか。」
「ケンジは濃い瘴気に人間が冒される症状によく似てた。ただ、急だった。」
「そうか。あ。直腸や血管から直接アルコールを入れるようなものかな。」
ギンタは不思議そうな顔をしている。
「お酒を飲むと、それなりの時間をかけて吸収されるんだけど、直接血液に吸収させると、極少量でも、急性アルコール中毒になるんだ。」
「身体に直接瘴気を注いだから?」
「多分な。ハルの事は少し整理してから話をしよう。とりあえず、外に出るか。」
随分とましになっていたため、多少ふらつきながらも立ち上がれた。
「鈴木さん、本当に大丈夫ですか?」
「ああ。急性瘴気中毒ってところかな?」
「はぁ、急性瘴気中毒ですか。」
「直接体内に取り入れたから、ごく微量でも、早く、強く症状が出たみたいだ。アルコールを直腸から取り込むようなもんかな。」
「それは聞いたことがありますけど。しかし、瘴気とは一体何なんでしょうか。」
「さぁな。マナのようにエネルギーの一種と思ってたけど、根本から違うのかもな。」
無色のマナの実験も何もなくスムーズに終えてしまったので、その流れで軽々しく瘴気で実験してみたのだが、検知と浄化に関するもの以外の研究は、永らく禁忌とされていた。
そのため、瘴気を取り扱う技術について、表に出ているものは皆無である。
ギンタのお陰で珍しくもなかったため、軽々しく考えていたが、今後はもう少し慎重に取り扱おう。




