修行と精進料理
「手際は悪うないけど、切り方が雑やね。」
「見様見真似で勝手に覚えたものですから。」
「あんたは修行せんでええの?」
「全く才覚がありませんので。」
「それにしては、浅葱の稲荷様にえらい気に入られてたみたいやけど。」
「私にはタケヒコ様を見えも感じもできませんけど、揚げの炊き方が良かったみたいでして。母の実家が大阪で、関西風が良かったみたいです。」
「タケヒコ?」
「そう呼べって言われたんですけど。」
「兄多毛比良鳥という出雲出身の方で、祀られているうちに、いつの頃からか稲荷様と合祀されるようになったのよ。」
『こどもが読み間違えたのがタケヒコだ。今となっては、本当の名も忘れられつつあるらしい。名による力も必要なところもあるが、我のように親しみを持って欲しかったらしい。』
ハルは当人から本当のことを聞いていたようだ。
「どうしたん?」
俺が手を止めたため、心配そうに尋ねてきる。
「親しみを持って呼んで欲しかったかららしいです。」
奥様はコロコロと上品に笑っていた。
「奥様も尼僧だったりされるんですか?」
「ええ。若い頃は、あの人と一緒に日本中回ってましたよ。」
「タケヒコ様とはどういったお知り合いなんですか?」
「あの人の加護を貰う代わりに、魑魅魍魎の退治を頼まれてたんよ。」
もしかして、夫婦で荒事をしてたのか?
「あんたの思うてるとおり、二人でね。」
「あ、ウドの味噌汁は他に実をいれたく無いんですが、良いですか?」
「かまへんよ。ほな、揚げはそっちの菜っ葉の炊きもんに入れとこうか。厚揚げは明日使おうか。」
「はい。」
「あ、長芋は葛でとろみをつけるんですか。」
「肉も魚も使わんさかい、これぐらいの贅沢はね。」
「ギンタ、片栗粉と違うの、分かるかな?」
「娘さんとこれからどうしていくの?」
「あの子が生まれてから三百年も一人で暮らしてきたんです。今からでも、親らしいことを少しでもしてあげたい。この世界や人間って面白くて愛おしいって教えてあげたいんです。娘の方が長く生きてきたんですけどね。」
「そう言えば、あの狼の娘さんはどないすんの?何でこっちにおるんかちゃんと聞いてる?」
「まぁ、人狼族は一枚岩ではないのは分かっていますが、商売相手ですし、彼女の意志で残りたいのもあるみたいなんで、彼女個人には力にはなってあげたいとは思っていますけど。」
「あんたは優しいな。その優しさで足元掬われへんようにしいや。」
「肝に命じておきます。」
最近、自分が優しいと思わなくなった。
どちらかと言うと、関心が無い事やどうしようも無い事は何でも許容してしまうだけだと思うのだ。
そんなものは、優しさではないと思う。
とは言うものの、一緒にいる時間も長いのでダナは半分身内のような感じもするため、彼女に対しては優しく接してるのは間違いない。
「やっぱり、器が良いと美味しそうに見えすね。」
「わたしか作った物が美味しくないって言わはんの?」
「いや、そう言う訳じゃ…」
「冗談やで。」
ギンタがわくわくした顔で膳に乗せた料理を覗いてくる。
「先に言っとくけど、ここにいる間は、肉と魚はないぞ。」
ギンタは一転、あからさまに残念そうな顔をする。
「精進料理ですか。なんか昼からなかなかのボリュームですね。」
小野くんは日本人だから、多少なりとも知識がある。
「普通の寺では、特に修行中は一日二食やで。まぁ、ウチではそんな堅苦しいことは言わんけどな。あと、反吐出るまで扱くから食わんと持たんで。」
急遽、修行に参加することになった小野くんの顔が引き攣っている。
「いただきます。」
テーブルと違って、膳だとなんだかお喋りし難い。
「餡が違う。」
ギンタが片栗粉ではないことに気付いたようだ。
「片栗粉じゃなくて、葛餡だよ。よく分かったね。」
「葛饅頭の?」
「ああ。」
そこは葛切りじゃないのか?
「あらあら、ちゃんと分かったのね。」
「うん。美味しい。」
作法を聞きながら昼食は進められた。
「思ったより美味しかった。」
「そりゃあね、随分と豪華にしてもらってるんだからな。」
今日の献立はふきのとうとうどの天ぷら、長芋の葛煮、ブロッコリーのゴマ味噌和え、揚げと菜っ葉の炊き合わせにうどの味噌汁に沢庵が付く。
肉類が入っていないのに気付かなければ、精進料理とは判らないぐらいの献立だったが、普段はもっと質素なものらしい。
歓迎の意と、厳しい修行にむけて力を付ける意味もあってのことらしい。
「さあ、時間がないから、ちゃっちゃと始めよか。せっかくのご馳走は勿体無いから吐くなよ。」
本日のご飯
○昼食
・白米
・ふきのとうとうどの天ぷら
・長芋の葛煮
・ブロッコリーのゴマ味噌和え
・揚げと菜っ葉の炊き合わせ
・うどの味噌汁
・沢庵




