草薙の剣 其ノ弍
藍色の夜空の間から、きらきらと光り輝く星々が見える。今日は月が出ていないためか、いつもより星が眩しく見えた気がした。
帰路につく神楽の後ろを、今しがた天照大御神と名乗った少女がてくてくと歩いてついてくる。どうやら家まで来るつもりらしい。しかし、それは流石にごめん被りたかった。
「おい、お前神様なんだろ?神社の本殿離れてもいいのかよ。」
「べ、別にいいのよ……。夜は誰も訪ねてこないし、昼間だって、来るのあんたぐらいだったし……。」
少し肌寒い風が吹いて、Tシャツしか着てない神楽の身体を震わせる。セーターかなにか持ってくればよかったな、と少しだけ後悔した。
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「ねえ、あんた。」
あの時少女は、開口一番にこう言った。
「私と世界征服してみない?」
夕焼けに照らされた社が、オレンジ色に光っていた。また、烏の声がする。かぁー、かぁー。神楽には、少女を馬鹿にしているように聞こえた。
天照大御神 (自称)の話をまとめると、こうだ。
むかーしむかし。おおむかし。葦原中国、つまり日本は神々により統治されていた。その後もその役割は天皇家によって代々引き継げられていた。
しかし、武士が台頭してきた頃から天皇の力は衰え、神道への信仰は薄れていった。そして現代では、人間が神であるかの如く振る舞い、葦原中国を支配している、らしい (※彼女の個人的な見解です。)。
天照大御神は葦原中国を統率できなかった責任のために、高天原を追放された。そして今では、大国主に、その命を狙われているという。彼女曰く、それは一種の逆恨みというか復讐的なものらしいが、神楽にはその事情が良く分からない (し、理解する気もさらさらない。)。
そこで、彼女は大国主を倒し、再び葦原中国を統治して、神々の時代をまた築き上げたい、んだと。
「あんた、私に協力しなさい!」
神楽はこの意味のわからん電波話を無視して、帰路に着こうとした。そしたら天照大御神 (自称)が神楽の後ろについてきて、今に至る。
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ただいま、と言って神楽は家の扉を開いた。当然のことながら、その声に返事はない。家が広く、広間まで距離があるため、ここからでは聞こえないのだ。
このだだっ広いお屋敷は、御側邸と呼ばれている。この家の主の名前が御側というからだ。その由来は、むかしこの地に訪れたお偉いさんの子孫だとかなんだとか。
広間の扉を開きながら、また、ただいまと声を出す。今度はおかえりなさい、と三つの声が帰ってきた。
両親を早くに無くした神楽を親身で育ててくれた、八千代さん。その娘、26歳の咲夜姉ちゃん。と、同じく中二の夕那。父親は、神楽が物心ついた時には、もう居なかった。
「神楽ちゃん、今夜は唐揚げば作ったんよ。」
台所から咲夜お姉ちゃんが声をかけてきた。神楽ちゃん、と初めに言い出したのは八千代さんで、それからみんな神楽のことをそう呼ぶようになった。
神楽はんーとかあーとか、適当に返事をして、文庫本を開いた。今日は、さっきから唐揚げを摘み食いしようと企んでいる誰かさんのお陰で、全く集中して読めなかったから。
「ねえあんた、神楽って名前なの?」
ーーー無視が正解だろう。他のみんなには彼女は見えていないようなので、ここで喋ると頭がおかしくなったと思われかねない。というか本当に家まで付いてきたらしい。頼むから帰ってくれ。
「ねえってば。ねぇ!」
神楽は突然、彼女の首根っこを掴んで廊下へと出た。扉を開きながら、ちょっとトイレと言っておいたので、不審がられたりはしないだろう。
廊下で見つめ合うこと数秒。
「おい、あんま人がおる前で俺に話しかけんな。お前、俺にしか見えてない風なんやけど?」
「はー?そんなの私の知ったことじゃないわよ。この最高神たる私が畏れ多くも話しかけてあげてるのよ?そこのところ、ちゃんと分かってるの?」
「はいはい。御意です御意です神様。」
神楽はぷくーっと膨れる自称神を置いて、広間へと戻った。
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空いた障子の外から、涼やかな風が入ってくる。風に乗って、美しい虫の声が聞こえてきた。
神楽が唐揚げを咀嚼していると、咲夜が箸を動かして話し始めた。
「前から言っとったけん分かっとると思うけどけど、明日から名古屋へ家族旅行に行くよ!」
「いえーい×4」
「明日起きれんかったら置いていくけん、覚悟しときよ。」
「いえーい×5」
先ほど起きたポルターガイスト現象は放置しておくとして、明日の旅行について考えなければならな、と待った。なに?こいつ付いてくると?名古屋まで?ほわっと?嫌な予感しかしねえ。ましで……。
ごちそうさま、と言ってお皿を下げ、神楽は自室へと向かった。その背中には、当然のように神 (自称)が張り付いていた。