MMORPGの闇市場
俺は昔、とあるMMORPGの闇市場を作り荒稼ぎしていた。オープンベータ時代からプレイしていた俺は、このゲームに出てくるすべての職を試し、どの職が強いかを見抜いた。協力者もたくさん作った。正式サービス開始時にベータ時代に作ったキャラや所有アイテムなどのアカウント情報はリセットされるが、たくさんの協力者がいてどの職が強いのか知っている俺には大した問題じゃなかった。
正式サービス開始後、キャラは迷わず最強職を選んだ。クエストをこなし、装備を発掘し、ボスを倒し、レベルを極める。そしてギルドを作ってギルドマスターになり、優秀な人材を集め、有力なギルドと同盟を組み、狩り場を裏から独占し、珍しい装備やアイテムの流通を牛耳った。これでレアアイテムを取引をする闇市場の下地ができる。
PK(プレイヤーキラー)が初心者の狩り場で暴れたら、真っ先に古参ギルドのギルドマスターとして現場に行って状況を聞いた。「初心者の強い味方」として印象づけるためだ。現場にいたやつらが信者になれば儲けモノ。お礼の品を持ってくれば完璧だ。初心者からすれば、PKに身ぐるみ全部はがされるよりはましで、今後も駆けつけてくれるとなれば安いものだろう。この時、PKを倒す必要はない。PKの正体は分かっているのだ。それが誰なのか聞かれても答えられないが。
レベルが上がってきたプレイヤーは上位の装備が欲しくなる。しかし流通は少ない。なぜなら発掘も敵からのドロップも、入手できる場所はすべて仕切っているのだ。流通する物はだいたいが、狩り場でようやく手に入れたが自分の職種では装備できなかったという品か、誰かがデスドロップ(死亡時のペナルティ)した後ろめたい品だ。
すべての流通を止めたりしないのは闇市場の取引が難しくなるからだ。しかし、強力なユニーク装備は流通させないようにした。これは絶対だ。ギルド戦において、ギルドの平均レベルに差があったとしても立場が危うくなるほどの品だ。
そのギルド戦では協力者のギルドと八百長試合をして最強の座につく。ギルド戦での優勝ギルドは、店での取引にかかる税を自由に決められる様になって収益を得られるようになるのだ。
このゲームでは初心者も古参も、体力と魔力の回復ポーションはすべて店で買うしかない。敵はポーションをドロップしないし、作れるものでもない。絶対に店売り商品を買うしかないのだ。
ポーションの価格が高くなるとゲームからプレイヤーが離れるかもしれないので調整が必要であるが、ゲーム内通貨を効率よく獲得できるいいチャンスだ。税がかかり高くなったとしても買わなければ死ぬ。ボロ儲けだ。こちらも闇市場の一部になる。そこから得た通貨は何に使われるかと言うと...
俺が闇市場でなにを売るかだが...いや、その前に闇市場とは何かだ。それはRMT(リアルマネートレード)の事である。RMTとは装備やアイテムを現金で売り買いすることだ。この取引の事実が運営に見つかれば、即、垢BAN(アカウント停止)だ。
闇市場利用者の目的はRM(リアルマネー、現実のお金)でゲーム内通貨や装備を買い、ゲームで楽に俺TUEEEEする事だ。時間はないがお金はある社会人プレイヤーからすると、時間をお金で買っているようなものだろう。いい装備があれば狩り場での戦いが楽になるし効率もよくなる。ゲーム内通貨があれば大抵のことができる。装備やレアアイテムの流通をすべて止めたりしないのは、ゲーム内通貨を売るためだ。流通が少なければ高額になり、ゲーム内通貨の需要が高まるのだ。つまり稼ぎに関わってくる。
稼いだゲーム内通貨や手に入れた装備は、一度サブキャラに渡す。メインキャラとサブキャラは倉庫を共有しているので滞りはない。次にサブアカウントをログインさせる。これは別のPCを使う必要があるが、どんな低スペックのPCでも最低限の操作ができればいいので安いやつを買っておく。サブキャラからサブアカウントのキャラに取引を持ちかけ、稼ぎを渡す。こうやって倉庫代わりに使う。RMT利用者と取引をするための、3つ目のアカウントのキャラにもこのようにして稼ぎを渡すようにしている。ちなみにサブキャラはその都度作りなおす。関わりがあることを一切知られたくないからだ。いわゆるマネーロンダリングだ。
闇市場利用者との取引にはだいたい仮想通貨を使う。余計な個人情報は漏らしたくない。
仮想通貨でも大概のものは通販などで手に入るが、実生活で使うとなればかなり困る。しかし、世の中にはこの仮想通貨を買い取ってくれる奴がいる。多分海外のやつだろう。ありがたく利用させてもらった。
ゲームが人気になり知名度が上がってくると同業者が増えてくる。主にIPを偽装して海外からログインしてくる奴らだ。大抵集団で出稼ぎ(?)に来ている。一般の職業に就くよりも、集団でRMTに手を染めた方が楽でより稼げるのだ。
やつらは狩り場でbot(ロボット)を使っている。自動で敵を倒したり指定されたドロップアイテムを回収するので労力が減らせる。botは行動ルーチンが単調で、それが同じ狩り場で一日中集団で行動しているので、一般プレイヤーにも運営にもバレやすい。しかし、バレて垢BANされてもすぐに復活するし、botを改良もしてくる。
そういう奴らを野放しにすると、純粋にゲームを楽しみたいプレイヤーが反発する。そこで俺が声を上げて大規模なbot狩りをする事にする。ギルドの垣根を越えて、所属する陣営の垣根を越えて行われるこの作戦に異議を唱えるプレイヤーはほぼいない。過去のRMT利用者も「疑われている自分には、怪しい過去などない」アピールができるのだ。参加しないのはbotのデスドロップをかすめ取ろうという奴や、他はPKがちょっかいを出しにくるくらいだろう。俺としては少ない労力で商売敵を潰せるので有りがたかったが、いくら倒しても狩り場にかえってきて同じ行動を続けるbot達には効果がなかった。こうなると商売の引き際かもしれない。
ゲームを辞める時、外見からは判別できない装備をだんだんと弱いものに取り替えて強い物を少しずつ売りに出したり、装備一式のまとめ売りを始めたりした。アイテム一つにわたるまですべて放出した後は最強キャラのあるアカウントまで売りに出す。買ったやつは当然怪しまれるが、辞めてしまう俺には関係ない。最後の最後まで商売にする。
こうした一連の流れを経て、次の稼げるゲームを探し始めた。
しかし、基本無料のアイテム課金制のゲームが台頭してきた頃からは明らかに稼ぎは落ちた。ゲームの運営側も、botとRMTの排除と、利益の向上を両立できるアイテム課金は一挙両得と言ったところか。RMT家業自体が潮時になったようだ。
今はRMTから足を洗った。
botを使っていた海外勢も、少ない稼ぎでいくつものゲームを掛け持ちして続けるか、bot自体を売るようになっていると聞いた。botを作る開発力で、チートツールなんかも作っているのだろう。
時々またMMORPGをしてみようかという気になる。しかし長く続く事はないだろう。俺の活躍(?)していた時代はもう終わったのだ。