表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1850/1851

1819話 ドラゴン対決

 ――時はほんのわずかに遡る。

 桜花城、三階。

 砕けた柱の影から、熱と水蒸気と焦げた匂いが渦を巻いていた。


「ジャガー・メテオ!」

「プロミネンス・アロー!」

「レインレーザー!」

武御雷たけみかづち!」

「ファイアーブレス!」


 ミティ、ユナ、リーゼロッテ、モニカ、ドラちゃん。

 それぞれの必殺技が次々と炸裂し、煙の向こうが一瞬だけ白く弾ける。

 この威力ならば、下手をすれば城壁を突き破って、そのまま外へ流れ弾が飛び出しかねない。

 だが――今、この場において、それは誰の意識にも上らなかった。

 目の前の敵を、ただ打ち破ること。

 それだけが、今この瞬間の全てだ。


「ぐっ! なんて出鱈目な力……!!」


 紅葉が声を絞り出す。

 腕で顔を覆いながら、炎と煙の中、必死に状況を見極めようとしていた。

 頬に流れる汗が、熱気に焼かれた空気に溶けるように蒸発する。

 己の無力と敵の強大さに対する痛切な悔しさに、彼女は歯噛みした。


「……戦局は劣勢。援軍の二人も役立たず……」


 桔梗の声は冷たく、けれど淡々と響いた。

 感情を抑え込んだ語調には、冷酷なまでの現実認識と、計算された戦略眼がにじんでいた。


「ひどっ!?」

「桔梗様、ひどいです!!」


 その言葉に、しぃとくぅが同時に跳ね上がる。

 二人の声は、どこか抗議というより拗ねた子供のような響きを持っていた。

 頬をぷくっと膨らませたその様子は、この苛烈な戦場の中で逆に異様なほど目立っていた。


「……事実を述べたまで」


 桔梗は顔色一つ変えずに言い放つ。

 冷たい視線の奥には、仲間への信頼がないわけではない。

 だが、戦いの場では情に流されてはならないという、武人としての覚悟があった。


「言い方がありますよね!」

「私たちだって! やればできる子です!!」


 くぅが拳をぎゅっと握りしめ、しぃが胸を張って叫ぶ。

 その瞳の奥には、諦めない意志がはっきりと灯っている。

 幼く見えても戦場に立つ覚悟は確かにあるのだと、言葉の代わりにその表情が物語っていた。


「私たち、高志様と火御子様から“力”をもらってるんですよ!?」

「そうです! 攻撃妖術なら誰にも負けません!!」


 自分たちは無力ではない。

 力を授けられた意味を、この戦場で証明したい。

 そんな思いが二人の胸の奥で膨らんでいた。


「でも、今は無能ですわね」


 その熱を切り裂くように、千の声が低く通る。

 静かな一言が、場の空気を一気に冷やした。


「先日の四神戦で無茶をされたと聞いています。自己犠牲の精神は評価しますが、現状把握も重要ですわ」


「う……。で、でも! 私たちはこの紅蓮竜を連れてきただけで価値があるはず!」

「そうです! さぁ、今こそ力を見せるときですよ!!」


 二人は、半ば意地のように声を張り上げる。

 その呼びかけに応えるように、煙の向こうで巨体が動いた。

 地鳴りにも似た重低音が空気を震わせ、熱を孕んだ風が一瞬場を撫でる。


 赤黒い鱗。

 熱を含んだ吐息。

 紫雲藩で火御子が“懐柔”したという紅蓮竜。

 どのような手段を使ったのかは明かされていない。

 命令に無条件で従うような、単なる従魔とは一線を画している。

 だが少なくとも、いまこの場では味方だ。


「グルオォォォォ……」


 地鳴りのような唸りが、崩れかけた天井を震わせた。

 水蒸気と灰が舞って視界が揺らぐ。

 その中で、紅蓮竜がゆっくりと前へ出てきた。


「……ドラゴンですか」


「なかなかの威圧感ね」


「油断できませんわ」


 ミティ、ユナ、リーゼロッテが気を引き締める。

 竜種の圧倒的な力が刃として向けられた時の脅威を、彼女たちは体験済みだ。


「ドラちゃん、来るよ」


「分かってる!」


 モニカが呼びかける。

 ドラちゃんも臨戦態勢を整えた。


「グルオォォォォ!!!」


 それは、天を裂くような怒声だった。

 耳をつんざくほどの音圧が空気を叩き、周囲の岩肌を震わせる。

 音の波が刃となって空間を切り裂き、煙と灰を吹き飛ばす。

 その中から、紅蓮竜の全容が、ついに明確に姿を現す。


「……むむっ!?」


 ドラちゃんの声が裏返った。

 強者たる彼女は、この死闘もどこか楽しんでいるフシがあった。

 ――このときまでは。


「ドラゴン対決だね! ママ以外の同族に会うのは初めてだけ……ど……?」


 無邪気な台詞は、途中で喉の奥に引っかかって止まった。

 何かを察知したように、ドラちゃんの目が見開かれる。

 瞳孔が細くなり、そこから遊びの光がすうっと消えていく。

 代わりに、何かを思い出しそうで思い出せない顔になった。

 胸の奥底を、見えない爪が引っかいたような違和感。


「ドラちゃん? どうしました?」


 ミティがすかさず声をかける。

 だが、その問いに返事はなかった。


「……なんか、変」


 代わりに、ドラちゃんは独り言のように小さく呟いた。

 翼は広げたまま、前に出る一歩が踏めない。

 頭は戦う準備を命令しているのに、別の本能が足首を掴んで引き留めているようだった。


 次の瞬間、紅蓮竜がさらに一歩、前へ。

 熱い吐息が波になって押し寄せ、ドラちゃんの頬を撫でる。

 生ぬるい湿り気、焦げた匂い。

 その匂いに、彼女の喉はきゅっと縮んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ