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1817話 爆撃正拳

「……楽に死ねると思うなよ」


 タカシの指が、空をなぞる。

 炎の紋が床に走り、紅い熱が渦を巻いた。


「剣を落としても、まだ強がるんだ」


「強がりじゃない。俺とお前には、歴然たる実力の差がある」


「なら、まずは“いつもの手”を封じるよ」


「封じる? 何を――」


 タカシの肩がぴくりと揺れた。

 空間が、ゆっくりと歪む。

 彼の“アイテムルーム”が動き始める気配――。


 だが、それはアイリスにとっては想定の範囲内だった。

 彼がその技に頼りすぎていることを、彼女はよく理解している。


「させない」


 一歩、踏み込む。

 風を裂くような動き。

 タカシの視線と、肘の動線――そこを断ち切るように、彼女は割って入った。


「……っ!」


 タカシの呼吸が詰まる。

 読まれていた。

 彼の癖、呼吸、間合い……すべてを知る者だからこその動きだった。


「ちっ……!」


「君の癖は、よく理解してる」


 アイリスが畳み掛ける。

 代わりの剣を出す時間を稼げない。

 劣勢だった。


 そこらの有象無象が相手ならば、"格闘術"で捌くこともできる。

 だが、アイリス相手ではそれも難しい。

 技の型を見せれば、返される。

 間合いを測れば、先に踏み込まれる。

 あらゆる“読み”が、すでに彼女の手の内にあった。


「ぐっ……! ど、どうにか態勢を立て直さないと――」


 タカシは息を切らしながら、視線を巡らせる。

 そして、柱の陰へ飛び込んだ。

 それは回避というより、呼吸を整えるための一瞬の猶予を得る行動だった。

 遮蔽物があれば、僅かでも身を守れる。

 そう思った。

 だが。


「それで隠れたつもり? そういう咄嗟の小細工は、昔から下手だよね」


 アイリスの踵が床を叩いた。

 重い一撃の前触れ。

 彼女の体内に蓄えられた闘気が、呼応するように沸き立つ。


「発剄!」


 轟音とともに、目の前の柱が内側から破裂するように砕けた。

 闘気が貫通し、柱の裏に潜んでいたタカシを容赦なく襲う。


「がっ……!」


 喉を突かれたような呻き。

 肩が弾け、背中が壁に叩きつけられる。

 意識が霞みかけるほどの衝撃。

 彼の身体が限界に近づいていることを、否応なく思い知らされる。


 だが――

 アイリスは止まらない。

 間髪入れず、追撃の体勢に入る。


「聖ミリアリア流奥義――」


「ま、待て!!」


 タカシが悲鳴のように叫ぶ。

 だが、それが届くはずもなかった。

 アイリスの拳は、すでに軌道に乗っていた。

 空いた懐へ、迷いなく、容赦なく。

 それは長年研ぎ澄まされてきた武技であり、想いの結晶でもあった。


「爆撃正拳!!!」


「――っ!」


 砕けたのは天守の縁。

 その破片が夜風に舞い上がる。

 そして、タカシの体がそこから放り出された。

 ひとつの激戦が終わりを告げるかのように。


「しまった……。力を込めすぎた」


「……っ!」


 落下するタカシの声が、風にちぎれて消えていく。

 叫びなのか、呻きなのか、それすら判別できない。

 アイリスは反射的に拳を握り直した。

 掌に残る熱が、まだ彼の体温を憶えている――そんな錯覚が、遅れて胸を刺す。


「すぐに追わないと……」


 ここは桜花城の五階。

 普通の人間ならば、もちろん飛び降りることなどできない。

 だが、アイリスなら届く。

 追える。

 ――追えるはずだった。


「ジャガー・メテオ!」

「プロミネンス・アロー!」

「レインレーザー!」

武御雷たけみかづち!」

「ファイアーブレス!」


 空を引き裂くように、無数の叫びが重なる。

 桜花城三階で渦巻く戦いの余波。

 偶然の流れ弾が、まるで意思を持ったかのように、落下するタカシへと吸い込まれていく。

 避ける暇など、ない。


「ほげがばっ!? ちょ、待っ……! ぐぁっ!!」


 爆発。

 衝撃。

 そして、さらに衝撃。


 胸骨が軋み、肺から空気が叩き出される。

 息が千切れ、視界が白く滲む。

 上下も前後も分からない。

 ただ、身体だけが翻弄される。


「……っ、うるせぇ……誰だ……誰の声だ……」


 意識が遠のく中、風が言葉を運んでくる。

 火御子の声。

 焔の揺らめき。

 サザリアナの夜風。

 そして――


『タカシ様……』

『ふふん。なかなかの才能ね』

『しっかりして下さいまし!』

『今後もお得意様になってもらわないとね』

『ボクが治療魔法をかけてあげるよ』

『人間ー。仲良しになろう!』


 声、声、声。

 記憶が、箱の中で暴れるように混ざり合う。

 “今”と“過去”の境界が、痛みと一緒に溶けていく。


「やめろ……っ、今は……今は火御子だけで……」


『ほんとに?』


「ぐぅ……!」


 この世界に来て最初に出会った、ドワーフの少女。

 初めての遠征でパーティを組んだ、弓士の少女。

 結果的にファーストキスの相手となった、年上のお姉さん。

 冒険帰りに立ち寄った、馴染みの料理人。

 武闘大会で拳を交え、高め合った武闘少女。

 迷宮の奥地に住まう、強大な火炎竜――。


『忘れたの?』


「忘れてねぇ……! 俺は……俺は……」


 胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 身体は壊れかけているのに、その痛みだけが嘘みたいに鮮明だった。

 手放したくない。

 手放したら、何かが――もう戻らない。


「……アイリス……?」


「タカシ!!」


 天守の縁で、アイリスの叫びが夜へ落ちた。

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