1814話 新たなる乱入者
「……立ち去らないなら、ここで死ね……」
桔梗の言葉と同時に、残っていた刻印が一斉にうなりを上げる。
床、襖、柱。
それらに刻まれていた闘気が目を覚ましていく。
「――【紫苑刻印・楼閣繚斬】」
襖絵の山並みが裂け、紫の刃が連鎖的に飛び出す。
まるで城そのものが牙をむいたかのような一撃。
「ドラちゃん、右!」
モニカが叫ぶより早く、雷が走った。
彼女の足元から跳ねた稲妻が、飛び出す刃を叩き落としていく。
火花と木片が混ざり合い、廊下が一瞬、白く輝いた。
「わぁっ、ピカピカ!」
ドラちゃんはその横で、迫る刃を手の甲で払い落とす。
人間の皮膚のまま、竜の硬さは保たれている。
紫の傷跡が走っても、すぐに赤みを失っていった。
「……二人がかり、か……」
桔梗の喉が、わずかに鳴る。
だが退かない。
負けない。
「……負けるという選択肢は、ない……」
身を預けるように、壁へと背を寄せる。
自分の刻印が最も濃く染み込んでいる地点。
城の闘気が、背から骨へと流れ込んでくる。
(……私には、高志くんからもらった加護がある。意思はまだ折れていない。私が戦うことが、最善の選択肢……)
再び握り直した刀が、微かに紫の光を灯す。
それは決して怒りではなく、ただ、信じて進む者の光。
そこから先は、一瞬ごとに形を変える乱戦だった。
モニカの雷脚が桔梗の懐を狙い、桔梗の刻印刃が逆に足元を掬う。
ドラちゃんはその隙間を縫うように動き、桔梗が作った刃を、まるで遊び道具のように手で弾き散らした。
雷と闘気と竜の熱が、狭い廊下でぶつかり合う。
「うぅ……。ここで本気で炎を出したら、タカシのお城、燃えちゃう……」
ドラちゃんは頬をふくらませながら、口の中に溜まる熱を無理やり飲み込む。
その仕草一つとっても、桔梗の胸中をざわつかせた。
「……また、高志くんの名前を呟いた……?」
言葉は通じていない。
だが、人名の発音だけは聞き取れた。
人外の力を持つ異様な生物が、タカシに執着している。
その事実が、冷静さと別の感情を同時に燃やした。
「……高志くんを、好き勝手にはさせない……!」
呟きと共に、桔梗は床を蹴る。
刻印の網を利用し、壁を蹴った瞬間に闘気を爆ぜさせて加速する。
紫の軌跡が、雷の間を縫うように走った。
「速い!」
モニカが舌打ちし、逆方向へ雷を跳ねさせる。
稲妻と闘気が正面衝突し、廊下の天井板が一枚、まとめて吹き飛んだ。
舞い上がる木屑。
露わになった梁から、埃まみれの光が差し込む。
「でも――私の方が速いよ! 【雷華崩脚】!!」
稲妻の如き速度で、モニカが桔梗の背後へと回り込む。
全身を包む雷が、空間そのものを引き裂くような軌道を描く。
それは、逃げ場を封じる一撃。
まさに、致命の一撃を叩き込もうとした――その瞬間だった。
「「「――っ!?」」」
外から、異常な魔力反応が奔った。
感覚の鋭い者なら、思わず耳を塞ぎたくなるほどの濃密な圧。
モニカ、ドラちゃん、桔梗。
三者が同時に動きを止める。
「……っ、なに……?」
桔梗が思わず顔を上げる。
次の瞬間、城の外壁側から轟音が襲った。
ドッゴオオオオオオオン!!
石の壁が内側へ抉れて飛び込み、土煙と炎が一気に廊下へなだれ込む。
崩れた壁の向こう、夜空を背に巨大な影が咆哮した。
「グルオォォォオッ!!」
紅蓮色の鱗。
黒く濁った、燃えるような双眸。
全身から炎と魔力を噴き出す、巨大な竜――紅蓮竜が、城の三階へと乱入してきたのだ。
その背には二つの影。
「肆。火の赫刃・四代目」
短く名乗りを上げ、片方の少女が指先で炎を弾く。
鋭い炎刃が、モニカとドラちゃんを威圧するように舞った。
「玖。水の蒼渦・九代目」
もう一人が静かに掌を返すと、紅蓮の炎の周りに冷たい水流が渦を巻く。
火と水が絡み合い、瞬間的な蒸気爆発を生んだ。
「わわっ!? あつっ、つめたっ!?」
ドラちゃんが目を白黒させる。
モニカは瞬時に雷で自分の周囲を守り、飛んでくる石片を弾き落とした。
「……援軍? 三階の扉を施錠していたからって、こんな乱暴な……」
桔梗は瓦礫に片足を取られながら、それでも立っていた。
三階の廊下は、もはや原形を留めていない。
床は抉れ、天井は裂け、外気が冷たく流れ込んでくる。
桔梗。
ドラちゃん。
モニカ。
紅蓮竜。
そして、その背のしぃとくぅ。
六つの気配が、ひとつの狭い空間で乱反射していた。
火。
水。
雷。
闘気。
竜の熱。
それぞれがぶつかり合い、城そのものを軋ませる。
「……このまま続けたら、桜花城が……」
誰よりも先に、その現実を直視したのは桔梗だった。
守るべき城。
守りたい人。
そして、押し寄せる異邦の力。
暴走気味の味方援軍。
(どこを、守る……? どこを、捨てる……?)
選択を迫る声が、心の内側で重く響く。
紅蓮竜の咆哮が、その声をかき消すように再び上がった。
火と雷と水と闘気が交錯し、三階はもはや”戦場”というより、ひとつの災厄そのものになりつつある。
誰もが限界に近い集中を強いられ、次の一手が、城の運命を決めかねない状況だった。
桜花城三階――制御不能寸前の乱戦は、なおも激しく燃え上がっていく。




