表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1821/1845

1790話 九尾の妖狐

 俺が不思議な世界でイザナミから啓示を受けたあとも、神楽は続いていた。

 宮司少女や神官たちも、”何かが起きたこと”は薄っすら察しているらしい。

 表情がこわばり、俺の方にチラチラと視線を向けている。


 だが誰一人として動きを止める者はいなかった。

 舞を途切れさせることは、神への不敬に等しい。

 そのことを、彼らは骨の髄まで理解しているのだろう。


 鈴の音が澄んだ輪を描き、太鼓が大地の脈動を響かせる。

 巫女たちの舞は霊脈の鼓動と重なり、境内を清冽な光で満たしていく。

 冷たい夜気は逆に熱を帯び、神域そのものが震えるように揺らめいていた。


 そのとき――


『ギュルルルル……キィィッ!』


 耳を裂く咆哮とともに、空気が灼けた。

 眩い火花が空を奔る。

 次の瞬間には炎を纏った鳥の群れが結界を突き破り、舞台へとなだれ込んできた。

 羽ばたくたびに火の粉が弾け、夜空が朱に染まる。


「何事だ!? 結界が破られたぞ!」

「ま、まさかあれは……焔鳥では!?」

「とにかく追い払え! 神楽舞台を護るんだ!」


 慌てふためく声が境内に広がった。

 神官たちの叫びには必死さが滲んでいたが、それでも恐怖を押し隠すことができていない。

 炎をまとった鳥の群れは、鳴き声一つで空気を震わせ、火の雨を撒き散らして迫ってくる。

 木々の葉が燃え、舞台の板がぱちぱちと音を立てて焦げていった。


「焔鳥? なんだそれは!」


 俺は思わず声を張り上げる。

 火の粉が頬をかすめ、熱気が喉を焼いた。


「古き災厄の使い……霊脈が乱れる時、必ず現れると伝えられています! 火の災いそのもの……!」


 宮司少女の声は怯えて震えていた。

 しかし、ただ恐れるだけではなく、必死に知を絞り出そうとする気迫が込められていた。

 紅葉が鋭く息を呑み、言い添える。


「事態は一刻を争います! 放っておけば神楽舞台どころか、大社そのものが焼き尽くされるでしょう!」


 彼女の額には冷や汗が浮かび、眉間に深い皺が刻まれていた。

 あの冷静で思慮深い紅葉が、ここまで表情を崩すとは。

 この事態の深刻さがいやでも伝わってくる。


「ちっ! なんて厄介な……!」


 流華が舌打ちし、屋根に身を沈める。

 桔梗は既に刀を抜き、無言のまま焔鳥の群れを睨んでいた。


「皆さま、どうか……どうかお力を……!」


 宮司少女は祈るように俺へ手を伸ばした。

 その瞳には、恐怖よりも必死の願いが宿っている。

 神官たちは必死に結界を立て直そうと印を結ぶが、炎の翼が触れるたびに術式は焼き切れ、煙と化して弾け飛んだ。


「くそっ……! 俺たちがやるしかない!」


 俺は即座に一歩を踏み込み、力を収束させる。

 ハーレムスタイル――


「【受け流す】!!」


 俺は掌を構え、迫り来る火翼の群れを迎え撃った。

 まずは第一陣。

 高速で飛来する炎を纏った鳥。

 普通なら厄介な相手だが、このモードならば話は別だ。

 迫る火焔の軌跡を見極め、己の流れに溶け込ませる。

 そして、まるで流水のように受け流してやった。


「……高志様、私が後ろを守ります!」


 紅葉の声が鋭く走る。

 彼女は両手を広げ、周囲の草木を操る。

 青葉が一斉に揺らぎ、炎に対抗するような翠の壁を築き上げた。


「兄貴、右は任せろ! 俺は”水遁の術”も少しは使えるから!」


 流華が跳躍し、宙を駆けながら印を結ぶ。

 術式の光が青く弾け、水の刃が焔鳥の群れを切り裂いた。


「……左は、私が」


 桔梗の刀が音もなく抜かれた。

 その一閃は炎そのものを裂き、虚空に残る焔の尾を消し去る。

 焔鳥の悲鳴が散り散りに木霊し、やがて光と化して消えていった。


「よし、押し返していけ! 神楽の邪魔をさせるな!!」


 俺たちは一歩も退かない。

 ただ迎撃するのではなく、攻めに転じて焔鳥を次々と狩り落としていく。

 流華の水刃が火を裂き、紅葉の草木が炎を呑み込み、桔梗の刀が焔そのものを斬り払う。

 俺は掌で火の奔流を受け流し、反転する力で焔鳥を弾き飛ばす。

 境内は灼熱の修羅場と化していたが、俺たちの連携は寸分の狂いもなく噛み合っていた。


 やがて――焔鳥はいなくなっていた。

 全て倒したのだ。

 炎の群れは残骸すら残さず、光の粒となって空に溶けていった。


 境内にはまだ焦げた匂いが残っていたが、舞台は守られた。

 巫女たちの衣は煤に染まりながらも、震える手で神楽を続けている。

 これで神楽は無事に進み、無事に終わるだろう。


 俺はそう思った。

 ――だが。

 焔鳥が消えた後も、舞台の周囲は静まらなかった。

 むしろ逆だ。

 空気が熱に揺らぎ、焦げるような音が耳にまとわりつく。


「……おかしいです。霊脈に落ち着く様子がありません」


 紅葉が眉をひそめる。

 俺も足裏に伝わる震えを確かめた。

 確かに乱れている。

 まるで地下から噴き上がる火柱が抑えきれず暴れているかのようだ。

 何かが、まだ来る――直感が喉を締め上げた。


「兄貴……上だ!」


 流華の叫びに、俺は反射的に視線を屋根へ向けた。

 ――そこに、いた。

 九つの尾を広げた、朱の妖狐。

 瞳は燃えるような金色で、屋根瓦を焦がしながら悠然と佇んでいた。

 尾の一本一本が炎の蛇のようにうねり、周囲の霊脈を絡め取り、引き裂いている。


「九尾……っ!? いや、獣人か……!?」


 確かに九つの尻尾がある。

 だが、その輪郭は獣ではなく人。

 その立ち姿は人間のような知性を宿していた。


 知性があるのならば、対話が可能かもしれない。

 しかし逆に言えば、知性を持つがゆえに、狡猾な搦め手を使ってくることも考えられる。

 油断は一瞬たりとも許されない。

 俺は拳を握り、喉の奥に籠った熱を吐き出した。


「お前たち、気を抜くな! ここからが本番だ!」


「はい、高志様!」


「わかってるぜ、兄貴!」


「……心得た」


 紅葉、流華、桔梗の返答は迷いなく、炎に包まれた境内に確かな響きを落とした。

 宮司少女や巫女たちは心配そうにこちらを見やりながらも、なお神楽を続けている。

 まだ短い付き合いだが、俺たちを信頼してくれているのだろう。

 ならば――その期待に応えねばならない。


 鈴の音が震えながらも響き、太鼓がかすかに鼓動を打つ。

 神楽の清らかな律動と、九尾が纏う炎の禍々しい脈動。

 両者の気配がせめぎ合う中、俺たちは妖狐を睨み据えた。


 九つの尾の揺らぎは、まるで炎の大海そのもの。

 触れたものすべてを呑み込み、焼き尽くそうとする災厄の象徴のように見えた――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ