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1784話 御霊の計り

「こちらの水晶にて、【御霊の計り】を行います。まずは……そちらの武僧の方、こちらへ」


 神官の声音は、澄んだ水が落ちるように静かだった。

 その声音に呼応するように、一人の男が前へと歩を進める。

 武僧たちのリーダー格だ。


 彼は無言で水晶球の前に立つと、ゆっくりと右手を掲げ、水晶へとかざした。

 途端に、水晶球の中で光が淡く点滅し始める。

 ほんの微かな振動が床から伝わってきた。


 静まり返った空間。

 その光と揺れだけが浮き彫りになり、神聖な儀式の空気を確かに演出していた。


「ふむ……。お見事な御霊をお持ちですね。この『黎明大社』で、ますますの精進をされるとよろしいでしょう」


 神官の口元にうっすらと微笑が浮かぶ。

 その言葉に、武僧は一礼して退いた。


 続いて、二人目、三人目と続く。

 水晶の反応にはそれぞれ微妙な違いがあり、色の濃淡、振動の強弱、光の走り方――細部に個性が現れていた。

 総じて、神官の評価は同程度。

 そこそこ程度に高評価だ。

 基準の輪郭が見えてきたような気がする。


「では……次は、そちらの少女方を測定していきましょう。こちらへ」


 神官が視線を向ける。

 少女――つまり紅葉と桔梗の番だな。

 流華と俺は、どうやら後回しらしい。


「……なら、私が……」


 桔梗が一歩、静かに前へ出る。

 その仕草に、まるで空気が張りつめたような気配が走った。


「……っ」


 巫女の一人が、小さく息を呑む音が聞こえた。

 桔梗が水晶に手をかざした瞬間だった。

 紫色の光が一瞬にして水晶球を包み込み、次の瞬間、鋭く力強い振動が空間を貫く。


 空気が震えた。

 何も言わずとも、その異質さが場の空気を支配した。

 武僧たちは思わず互いの顔を見合わせ、唖然とした表情を浮かべていた。


「ふ、ふむ……。素晴らしい御霊をお持ちですね。若くしてその領域に達しているとは、大したものです。この地で

、さらに磨きをかけるとよろしいでしょう」


 沈黙を破ったのは、神官だった。

 少し驚いた様子だが、武僧たちのように呆けた顔をすることはなかった。

 武者修行者に強者は多く、ある程度の“突出”は見慣れているのだろう。

 次は――ん?


「おい、流華。順番抜かしは駄目だぞ」


 すでに一歩前へ出ようとしている流華の姿を見て、俺は慌てて声をかけた。


「え? いやいや、流れとしては俺が行った方が自然だろ? こういうのは、強い奴が後にするもんだ」


 彼の言葉に、俺は一瞬、返す言葉を迷った。

 その理屈、分からなくもない。

 格下が先に力量を示し、それを超える者が後から出てくる。

 バトル漫画ではおなじみの流れだ。

 料理コンテストでも、お笑い勝負でも、よく見る構図である。


 紅葉、流華、桔梗――三人の中での序列はどうなっているのか。

 近接戦闘、妖術、補助系スキルなどを全て考慮に入れた総合力では、三人はほぼ拮抗している。

 だが、紅葉は俺と最初から行動を共にしてきたこともあり、リーダーとしての振る舞いが板についている。

 彼女がリーダー格と言っていいかもしれない。


「けどな、神官さんたちにだって段取りというものがあるはずだ。先に呼ばれたのは”少女”たちで――」


「神聖な儀式の最中に、私語は謹んでください」


 その声は、張り詰めた空気をさらに冷やすような、鋭く凍てついたものだった。

 神官の視線が、俺に突き刺さる。


「……う、うむ」


 俺が注意されてしまった。

 なぜだ。

 俺は良かれと思って言っただけなのに。


「あらよっと」


 流華が、ひょいと気楽な声をあげながら、水晶に手をかざす。

 瞬間、空気が再び変わった。

 水晶球が青色に素早く点滅し、鋭い光が空間を駆け抜ける。


「なっ……」


 今度は僧の一人がはっきりと声を上げた。

 愕然とした様子だ。


「お、お見事。この『黎明大社』は、あなたを歓迎しますよ……」


 神官が絞り出すように言葉を発した。

 その口調には、敬意というよりも、戸惑いと予想外の展開に対する狼狽がにじんでいる。

 御霊の“格”とやらに、桔梗と流華で大きな差があるとは思えない。

 それでも、続けざまに並み外れた才を見せつけられれば、平静を装うのは難しかろう。


「では、次は私ですね」


 紅葉が静かに歩み出る。

 その足取りには、確固たる自信と自覚があった。


 彼女が水晶に手をかざした瞬間――

 水晶は、緑を帯びた赤に染まりはじめた。


 それはただの色ではない。

 意志を持つ波動のように空間を染めていく。

 次第に光は拡がり、まるで見えない結界が張られたかのようだった。

 圧力があたりに満ちていく。


 一人の侍が、思わず膝をついた。

 それは意図せぬ服従の証。

 無意識に体が反応してしまったのだ。


「こ、これほどの御霊を……どうしてこのような少女が……? 一人だけならまだしも、三人全員とは……。し、信じがたい……」


 ついに、神官が明確な驚きを口にした。

 御霊とやらが具体的に何を示すのかよく分からないが、おそらくは基礎ステータスやスキルも関係しているのだろう。

 加護によって強化されまくっている紅葉たちの光が強いのも、当然と言えば当然だ。


「三人の天才少女……。まさか、何かの前触れでしょうか……? 紅蓮竜とも何か関係が……?」


 神官がブツブツ言っている。

 頭の中で、次々に仮説と不安が交錯しているのだろう。


「おーい、俺は?」


「いや、しかし……。でも……」


 俺は声をかけたが、返事はない。

 神官はまだ、自分の世界に沈んでいた。


「おいってば!!」


「はっ!?」


 俺が神官の耳元で叫ぶと、ようやく彼はこちらに視線を向けた。


「な、何でしょうか?」


「俺の【御霊の計り】がまだだろ? さっさとしてくれ」


「え、ええ……。あなたは、天才少女たちの付き添いの方ですね? 大した御霊ではなさそうですが、決まりは決まり。とりあえず計っておきましょうか」


 神官の声は、どこか遠い。

 その意識の大半は、いまだ紅葉たちの光に囚われている。

 俺に向けられるのは、形式的な視線だけだ。


 まあ、目立たずに済むならそれに越したことはない。

 静かに、風のように、背景の一部として通り抜ける。

 それでいい。

 それでいいんだけどさぁ。

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