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1779話 タカシ vs エルフの剣士

 叫び声と共に現れたのは、まだあどけなさを残した顔立ちの少年だった。

 しかし、その目は年齢にそぐわぬ光を宿していた。

 澄んだ瞳が燃え上がるような怒りに満ち、まるで聖域を踏みにじった者すべてを射抜くように鋭くこちらを睨みつけている。

 あどけなさと怒気という相反する要素が同居するその姿は、どこか異質で――ひどく危うい。


「貴様ら、許さんぞ。この神域を穢した罪、その身で償うがいい!」


 その声は少年のものとは思えないほどの強さで、静寂に包まれた渓谷に轟いた。

 岩壁がその叫びを幾重にも反響させ、轟く滝の音すら一瞬だけかき消されたような錯覚を覚える。


 彼の右手に握られているのは、一本の刀。

 太刀に近い、優美な反りをもつ刃。

 細身ながらも、ただの飾りではないことは一目でわかる。


 構えに無駄がない。

 膝の曲げ方、肩の落とし方、呼吸の深さ。

 どれを取っても、長年の鍛錬の賜物だった。


 ただの少年ではない。

 それを一瞬で悟り、俺は自然と剣に手を伸ばす。

 そして、油断なく構えた。


「念のため言っておこう。俺たちは怪しい者ではない。話せば分かる」


「黙れッ!!」


 凄まじい怒気を乗せて、少年が叫んだ。

 次の瞬間、風を裂く音と共にその小さな体が宙を舞う。

 羽のような軽やかさと、鋼のような鋭さを併せ持つ跳躍。

 刀が滑るように伸びてくる。


 ――速い。

 そしてそれ以上に、美しかった。

 軌道に無駄がない。

 一点の迷いもなく、ただ真っ直ぐに敵を討たんとする意志が、刀に宿っていた。


「いいぞ、かなりの腕前だ。しかし――俺には届かん!」


 その言葉は、無意識に口を突いて出た。

 戦士としての本能が、敵意ではなく尊敬を返していた。

 それと同時に、迎え撃つ者としての余裕が声色ににじんでいた。


 俺は刀を抜き放ち、迎撃の一太刀を放つ。

 鋼が鋼を撃ち、火花が散った。

 高く、乾いた金属音が辺りにこだました。

 少年の刀が、大きく弾かれる。


 その一瞬――わずかな隙。

 見逃すほど俺は甘くない。

 俺の切っ先が、迷いなく走る。

 刃が空気を裂き、少年の胸元に浅く届いた。

 肉をかすめる音とともに、血がひとすじ、衣を伝って滴る。


「っ……ぐ……!」


 喉の奥から絞り出されたような呻きと共に、少年は膝をついた。

 彼は荒い息を吐きながら、それでも刀を杖代わりにして立ち上がろうとしている。


 決して致命傷ではない、浅い傷だ。

 立ち上がろうとすれば立ち上がれるのは道理。

 だが、今のやり取りで彼は理解したのだろう。

 自分と俺との間にある――圧倒的な実力の差を。


「強いな、お前……。これほどの強者が立て続けに隠れ里を襲うとは、いよいよ戦乱の世も極まってきたか……」


 少年の瞳に宿るものが変わっていた。

 怒りから悔しさに。

 そしてその奥底に、混乱と困惑が見え隠れする。


「隠れ里? いや、それより……俺以外にも”強者”とやらが来たのか?」


「ああ。……妖精族の女侍だ。胸が不気味に成長していたから、純粋な妖精族ではないはずだが」


 妖精族――つまり、エルフ。

 そして、女侍。

 その響きだけで、胸の奥がざわついた。

 記憶の底。

 忘れていた何かに触れた気がした。


「詳細を」


「……髪は金色だ。言動はどこか抜けているが、とにかく強かった。……そういえば、お前の太刀筋と似ていたな。重心の置き方や、間合いの取り方が……。街ではその流派が主流なのか?」


 金髪のエルフ侍。

 俺と似た太刀筋。

 強い。

 それらの情報が頭の中で連鎖的に点滅し、やがて騒音のように渦を巻き始める。

 ノイズが意識を侵す。

 次の瞬間――。


「っ……あああ……っ!」


 脳裏に、焼け付くような痛みが走った。

 記憶の扉が、力ずくでこじ開けられようとしていた。

 何かが押し寄せてくる。

 暴力的なまでの衝動が、思考を塗りつぶす。


「高志様、また……!?」


 鋭い声が耳を打つ。

 紅葉だった。

 彼女は驚愕を隠せない表情のまま、地面を蹴って駆け寄ってくる。

 細くも力強い指先が、俺の腕をしっかりと掴んだ。

 彼女の手は温かく、それが逆に、自分の身体がどれほど冷えていたかを教えてくれる。


「ああ、大丈夫……。いや、大丈夫じゃないが……っ」


 歯を食いしばりながらも、痛みは徐々に退いていく。

 だが、心には確かな感触が残った。

 今の会話の中に、“何か”があった。

 記憶と直結する、核心の何かが。

 俺がさらに記憶を探ろうとした、その時だった。


「あっ……」


 少年が、自分の胸元を見下ろしたまま動かなくなった。

 目を見開き、何かを理解したような顔。

 俺も自然とその視線を追い、目を落とす。

 そして、絶句した。


 戦いの最中、俺は刀で軽く彼の胸元を裂いた。

 殺すつもりはなかった。

 ただ、俺との実力差を知らしめるために、刀を振っただけだった。


 だが――その一閃がもたらしたのは、想定を遥かに超える結果だった。

 少年の服の胸元が裂け、そこから滑らかな肌が覗いている。

 光を受けて淡く輝くその肌は、戦場にそぐわないほど無垢で柔らかい。

 そして、何よりも俺の視線を釘付けにしたのは。

 明らかに男にはない、丸みを帯びた膨らみだった――。

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