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1777話 ハーレム・スタイル

 ステータス画面に表示された文字列を、俺はまじまじと見つめた。

 ハーレム・スタイル。

 一部機能実装済み:残りは付与処理中。


(……なんだこれ。いつの間に……)


 ステータス欄に表示されたこの奇妙な文言。

 以前までは単なる処理中だったそれが、段階的に解放されつつあるらしい。

 だが、その具体的な中身はどこにも記されていない。


(なかなかに不親切だな……。記憶はおぼろげだが、『加護付与』や『ステータス操作』に関する仕様も手探りで掴んでいったような気がする。まぁ、神的な存在にも事情があるのかもしれないが)


 一口に”神”と言っても、いろいろな種類がある。

 全知全能の神。

 万能ではないが広範な権能を持つ神。

 特定の分野のみに特化した神。

 あえて本体から意識を分離させ、人間に近い分体を操る神。

 神の中では末端に近く、どちらかと言えば精霊とかに近い神。


 俺にチートスキルを与えてくれた存在がどの位階にあるのかは分からない。

 だが、少なくとも”全知全能”ではないと思われる。

 何でもできるなら、スキルを親切な設計にできるだろうし、そもそも俺なんかの行動を操らなくても神自身で問題を解決できるだろう。


 魔法も似たようなものだ。

 何でもできるわけじゃない。

 制限や制約という枷を設けることで、逆説的に力を増幅させる工夫が必要となる。

 俺の『加護付与』や『ステータス操作』も、そうした理屈で構築されている可能性は高い。


(さて、『ハーレム・スタイル』のスキル内容は……)


 俺は集中を深め、イメージを定める。

 スキルを“発動する”という強い意志を持った瞬間、脳の奥にビリッとした“始動音”のような感覚が走った。

 視界の隅に、淡い光で縁取られたパネルが浮かぶ。

 浮かび上がったのは、シンプルな三つの選択肢だった。


【ぶっ飛ばす】

【受け流す】

【走る】


(……これは)


 直感的に理解できた。

 これは、戦闘スタイルを切り替えるスキル。

 適切なタイミングで発動すれば、一時的に特定能力が大幅に強化される仕組みだろう。


(あとで試してみるか。効果時間は……一分か、長くても十分程度か? 使用後にはクールダウンも必要だろうな)


 俺は思考を続ける。

 だが、それよりも気になるのは――この三つの”選ばれ方”だった


 ぶっ飛ばす、受け流す、走る。

 攻撃、防御、移動。

 カテゴリーとしては王道だ。

 しかし、例えば攻撃なら『ぶった斬る』などでもいいはず。

 防御は『守る』とか、移動は『飛ぶ』とかも考えられるだろう。


 何故、この三つの言葉が選ばれた?

 ハーレム・スタイルを設計した上位存在の好みか?

 俺の戦闘スタイルを分析して、適したスタイルを設定してくれた?

 ――いや、それは違う気がする。


 俺は改めて、画面を見る。

 ぶっ飛ばす、受け流す、走る。

 シンプルでありふれた言葉ではあるが、この三つの組み合わせには妙な既視感を覚える。


 そうだ。

 確か、俺には紅葉たち以前にも加護を与えた者たちがいた。

 記憶の奥底、忘れていた誰かたちの顔が、ぼんやりと浮かびかけたその時――


「うっ!?」


 激痛が、頭の芯から脳を貫いた。

 まるで封じられた記憶の扉が、強引にこじ開けられようとして拒絶反応を起こしたような。

 息が乱れ、視界が歪む。

 額からは汗が滝のように流れた。


「高志様……!? どうかされましたか!?」


 紅葉の声が鋭く響く。

 だが、俺は右手を軽く上げて彼女を制した。


「大丈夫だ。ちょっとめまいがしただけさ」


 ――記憶は、まだ戻らない。

 白夜湖で得たはずの取っ掛かりも、大量の瘴気を吸収したことで霞のように消えた。

 振り出しに戻ったような虚脱感が、胸を重くする。


(ハーレム・スタイルには慎重な取り扱いが必要だな……)


 深呼吸を一つ。

 身体が重い。

 だが、周囲の三人が心配そうにこちらを見守っているのを感じ、自然と背筋が伸びた。


「……さて、話を戻そう。みんなを強化した今、俺たちの戦力は盤石となった。紫雲藩に向かうための具体的な計画を立て、準備を進めたい」


 俺は告げる。

 三人はそれぞれ小さく頷き、再び表情を引き締めた。


「ですが高志様。紫雲藩は神気が特に強い地域です。二柱もの神が一箇所にあるのは、雲雀藩のみ。事前に“禊”を行うべきではないかと」


 紅葉が言葉を選びながら提案する。

 その声は柔らかくも、芯のある響きを持っていた。


「禊か……」


「奥山藩に、霊気の篭もる瀑布がいくつか存在します。通り道ですし、ちょうどよろしいかと」


 紅葉が地図を指し示す。

 その手の動きに、確かな計画性と気配りが滲んでいた。


「順路としては、桜花藩から翡翠湖、奥山藩、雲雀藩、そして紫雲藩か」


 俺は呟くように言う。

 大和連邦の地理は、現代日本のそれと似ている。

 大阪から兵庫、岡山、広島、そして島根へ――。

 そんなイメージになるだろうか。


「すきるを強化していただいた今の私たちの足でも、ある程度の長旅は覚悟する必要があります。準備はすぐに始めましょう。物資、移動手段、そして道中の警備計画も。私にお任せください」


 紅葉が素早く紙と筆を取り出し、淡々と作業を始める。

 無駄のない動作が、彼女の有能さを雄弁に物語っていた。


「んじゃ俺は、情報収集してくるわ。西から来た行商人なら、生の情報を持ってるだろ」


 流華が軽い足取りで背を向け、手を振る。

 その気軽さの裏にあるのは、鋭い観察眼と狡猾な戦術眼だ。


「……私は武具の整備と、精神統一……」


 桔梗が静かに刀の柄に手を添える。

 その仕草には、祈りに似た静謐さがあった。


 それぞれが、それぞれのやり方で。

 旅の始まりに向けて、静かに動き出した。

 それは、紅蓮竜と対峙するための、第一歩だった――。

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