1775話 紫雲藩のフレイムドラゴン
「ふむ……。フレイムドラゴンと紅蓮竜は、呼び方が異なるだけで同一個体の可能性があるな」
「高志様、何故そうお考えに?」
「紅蓮竜は湧火山藩を旅立ち、どこかへ向かったという話だったんだ。その行き先が紫雲藩だった可能性は十分にあると思う。理由までは分からんけどな」
俺は言う。
情報を整理し、頭の中で点と点を結びつけようとする。
だが、どうにもその先が見えてこない。
名のある竜が藩をまたいで移動する――ただの気まぐれにしては、あまりにも不穏すぎる。
けれど、それを深く考えるには材料が足りない。
「……ところで、紫雲藩ってどこだ?」
俺は率直な疑問を告げる。
その瞬間、三人がずっこけた。
まるで脚本でもあるかのように、ぴたりと息が合っている。
「やれやれだぜ、兄貴」
そう言って彼は肩をすくめる。
その動作はあからさまに呆れたものだったが、口元に浮かぶ薄い笑みと、どこか悪戯っぽい眼差しが、本気で呆れているわけではないことを伝えていた。
俺の無知を茶化すことで場が和むことを狙っているのかもしれない。
「そう言う流華は知っているのか?」
俺はすかさず反論する。
まさか、という思いがあった。
流華といえば、身のこなしこそ軽やかだが、書物の類にはとんと縁がなさそうなタイプだ。
草の根をかき分けるのは得意でも、歴史や地理の話をする姿はなかなか想像できない。
紅葉はというと、その涼しげな眼差しに知性が宿っており、村育ちとは思えぬほどの知識量を誇る。
以前も、薬草の効能について延々と語っていたかと思えば、別の折には各地の藩政や文化について、まるで行ってきたかのように話していた。
記憶の中の彼女の声が、今にも聞こえてきそうだ。
そして桔梗。
彼女は元・桜花七侍の早雲を祖父に持ち、城下町で育てられた。
剣術だけでなく、教養についても一定の水準に達している。
それに比べれば、流華は――と。
そう思っていた時期が俺にもありました。
「俺だって、最近はべんきょーしているからな。紅葉に言われてよ」
照れ隠しなのか、流華はわざと軽い口調で言いながら、指の背で鼻をこすった。
けれどその仕草には、どこか嬉しさが滲んでいた。
言葉の端々にも、自分を認めてほしいという思いが微かに宿っている。
意外性と同時に、少しだけ頼もしさも覚えた。
「ほう? やるじゃないか。それで、紫雲藩はどこなんだ?」
俺は感心したように頷きながら、腰にぶら下げていた地図を取り出し、広げて見せた。
紙の隅に少しばかり煤けた折り目が残っていて、風に揺れる木漏れ日がちらちらとその表面を照らす。
「ここだよ」
流華の指先が地図の一角を指し示す。
その場所は、近麗地方の西に広がる『重郷地方』、その地方内の北側に位置していた。
――この大和連邦は、俺の記憶にある日本とそこそこ地理が似通っている。
ざっくりと言えば、紫雲藩は島根県あたりだな。
「……それで、その紅蓮竜を鎮めるのが指令ってこと? かなり大変そうだけど……」
桔梗の声はかすかだった。
その声音には、目に見えない波紋のように、不安と恐れが滲んでいた。
竜という存在は、神話の中で語られるだけでも人の心を震わせる。
現実にその脅威が目の前にあるとき、冷静でいられる者などそう多くはない。
「俺たちなら大丈夫さ」
「俺……”たち”?」
流華が眉をわずかに上げ、視線を俺に向ける。
その目には、疑問というよりも、確認の意志が宿っていた。
「ああ。白夜湖の件で懲りたからな。お前たちだけで行動させるつもりはない」
一度失いかけた信頼と命。
二度と同じ轍は踏まない。
俺はそう決めたのだ。
「その節は、力不足で申し訳ありませんでした。しかし……あえて言わせていただきますが、相手が紅蓮竜だろうと高志様お一人でどうとでもなるのでは? わざわざ私たちのような足手まといを同行させる必要は……」
紅葉が一歩前に出て、目を伏せることなく言葉を紡いだ。
言葉とは裏腹に、彼女の声には自らを卑下する響きが一切なかった。
むしろ、冷静で的確な判断を持っている者ならではの進言だった。
自身の役割を果たすためにこそ、退くべきだと判断する。
その在り方は、誇りと責任の裏返しでもあった。
「それは違う」
俺は即座に否定した。
迷いはなかった。
彼女たちは”戦力外”などでは、決してない。
「お前たちは現状でも、十分に頼りになる存在さ。それに、俺の能力は説明しただろう? お前たちはもっともっと強くなれる。スキルポイントがたくさん入っているんだ」
近麗地方を掌握してから、彼女たちはしばらく昏睡状態だった。
命の危機を乗り越えた反動でもあり、”闇”という新たな力を取り込んだ兆しでもある。
目覚めてからも、俺は彼女たちの体調を見ながら判断を保留していた。
けれど、今なら。
「……すきるぽいんと。それがあれば、確かにもっと強くなれる。紅蓮竜だってどうにかできるかも……」
桔梗が、ぽつりと呟いた。
その声は小さかったが、確かに希望の色を帯びていた。
胸の奥で、ゆらゆらと揺れる灯火のようなもの。
それはまだ心許ないが、確かに燃えていた。
「なるほど……」
「確かに、それなら……」
紅葉と流華。
二人の声は、まるで共鳴するかのようだった。
新たな力、新たな可能性に賭ける覚悟を、今この場で育み始めている。
さぁ、有用そうなスキルを検討していこうか。




