1774話 新しいミッション
紅葉たちとの城下町ぶらりデートから、一週間ほどが経過した。
穏やかな時間が流れる中にも、俺の胸の奥には薄暗い影が差していた。
何かが引っかかる。
漠然とした違和感が、脳裏を離れなかった。
しかしそれはそれとして、進めるべきことは進めていかなければならない。
まずは――
「やぁ、よく集まってくれたな。紅葉、流華、桔梗」
言葉を投げかけながら、俺は桜花城の天守閣に佇む三人の姿を順に見つめる。
淡い光が差し込む広間で、三者三様の気配が静かに揺れていた。
紅葉は少し首を傾げて、俺の言葉の裏を探るように視線を向けてくる。
流華は腕を組みつつ、何やら険しい様子。
桔梗はただ静かに、けれど鋭く、目を細めて俺の様子を伺っていた。
「高志様……。私たちがここに来るのはいつものことですが、わざわざ時間までご指定されるのは珍しいですね」
紅葉が控えめに口を開いた。
声は落ち着いていたが、普段よりわずかに高い。
無意識の緊張が滲んでいた。
「それに、今日の兄貴はちょっと険しい顔をしてるぜ。俺もつられちまう」
流華が口角を上げて見せるが、その表情にはどこか不自然な硬さがあった。
普段は飄々とした彼でさえ、今この空気に巻き込まれ、何かを感じ取っているのだろう。
「……何か重要なお話があるの……?」
桔梗の声は凛と澄んでいた。
その静けさの中に、まるで深い湖底から浮かび上がるような重みがある。
問いかけるその瞳は、すでに俺の内側を見通しているようだった。
「ああ、とても重要な話がある。だが……その前に。お前たち、最近何か変わったことは起こっていないか?」
一瞬、三人の視線が交錯し、互いに探り合うような空気が漂った。
その沈黙には、それぞれが過去数日の記憶を丹念に掘り起こすような慎重さがあった。
「変わったこと……ですか? いえ、特には……」
紅葉が静かに答える。
迷いはなかった。
少なくとも、表向きはそう見えた。
「……私も」
「俺もだぜ」
桔梗と流華も続く。
三人は揃って、何の問題もないというふうに首を横に振った。
それならばいい。
だが――俺の胸に引っかかっているのは、決して気のせいだけではない気がする。
この一週間、『桜刃三戦姫』にまつわる妙な噂が耳に入ってきていた。
赤髪の少女が街の名物、蛸炎珠を食べ尽くし、店の在庫を一掃してしまったとか。
忍び装束の少女がスリを捕まえた際に、被害者に対して”取り締まり手数料”を要求しただとか。
少女剣士が道場前を通りかかった人々を片っ端から勧誘し、剣術を叩き込もうとしたとか。
いずれも笑い話にできる程度の内容ではあるが、三人の誠実で優しい性格を知っているからこそ、それが逆に引っかかる。
(何か仕事のストレスでもあるのかと心配したが……)
俺が藩主として彼女たちを幹部に据えた時、周囲には少なからぬ反発もあった。
人選の理由を問いただされたとき、俺は黙ってその視線を受け止めるしかなかった。
言えないのだ。
まさか、『俺が持つチートスキル”加護付与”と”ステータス操作”によって紅葉たちの急成長が確定しているから』なんて説明をするわけにもいかないからな。
しかし、その対応は万全ではなかった。
なぜ彼女たちが、という声。
裏で何をしたのか、という噂。
妬みや無理解が彼女たちにつきまとう。
そういった城内情勢から、今回ありもしない噂を流されたのかもしれない。
今後の課題だ。
「……まぁ、今は置いておこう。本題に入る。実は、新しいミッション――指令が出たんだ」
思考を振り払うように、俺は言葉を切り替えた。
内に渦巻く不安を押し込め、今なすべき務めに意識を集中させる。
「指令……ですか?」
紅葉が身を乗り出す。
俺は頷き、懐から紙片を取り出す。
ステータス欄に表示されたものを、事前に書き写していたものだ。
ミッション
紫雲藩を訪れ、フレイムドラゴンを鎮めよう
報酬:スキルポイント20
「ふれいむどらごん……とは?」
紅葉の問いは、まるで霧の中を慎重に歩くような声音で発せられた。
彼女の眉間にはわずかな皺が寄っている。
その目は、紙に記された言葉の裏に隠された真意を探るように鋭く細められていた。
「詳しくは分からん。だが、火炎系の竜種だろう。そいつを宥めてこいってことだ」
俺は読み上げながら、無意識に口元を引き締める。
その名に宿る重さ、予感される厄介さが、喉元に熱を帯びさせた。
「火炎系っつったら、紅蓮竜のことが思い浮かぶけどな」
流華がぽつりと呟く。
まるで独り言のように、しかし確実に空気を震わせる一言だった。
唐突な名の響きに、俺は思わず眉をひそめる。
「紅蓮竜? なんだそれは?」
「おいおい……。兄貴、忘れちまったのかよ。湧火山藩に行ったとき、話題に出たじゃねぇか」
流華の口調は、呆れと苦笑の混じったものだった。
だが、その目には情景が鮮やかに甦っているのだろう。
どこか遠くを見るような光が宿っていた。
「ん? えーっと、あー……。そうだな、確か……」
少しずつ、頭の中で断片が繋がり始める。
桜花藩の南に位置する、湧火山藩。
近麗地方を掌握していく際、最初に攻めたところだな。
当初は、流華と二人だけで下見のつもりだった。
だが、意外にもあっけなく敵の防衛線を突破できたので、結果的にそのまま支配下に収めたのだ。
そのとき、藩の代表格だった男が確かにこう叫んでいた――『紅蓮竜様がここにいれば……!』と。




