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1737話 俺に物理攻撃は通じない

「理解したかな? 俺に物理攻撃は通じない」


 俺には防御系の切り札がある――主に二つ。

 ひとつは、火魔法の極地『炎精纏装・サラマンダー』。

 文字通り、炎の精霊を纏うことで力を引き上げる術だ。

 そしてもうひとつが、血統妖術『散り桜』である。


 俺は元より火魔法を鍛えていたため、単純なスペックなら『炎精纏装』の方が遥かに上だ。

 体を包む炎は意志を持つかのように敵を薙ぎ払い、敵の物理攻撃を揺らめく炎のように受け流す。

 攻撃力も、防御力も、桁違いに跳ね上がるわけだな。


 しかし、それゆえに代償も大きい。

 MP消費の激しさは常軌を逸しており、たとえ俺でも長時間は保てない。

 さらに、纏う炎精――サラマンダーは、ツンデレで気難しい。

 油断すればすぐに拗ね、力を貸してくれなくなることもしばしば。

 以前はもうちょっとデレ成分が強めだった気がするんだけどな。

 俺の記憶喪失が何らかの形で悪影響を与えているのかもしれない。


 加えて、体温の異常な上昇が制御を困難にする。

 焦りや怒りといった感情が少しでも漏れれば、たちまち暴走の危険を孕む。

 こちらに攻撃の意思がなくとも、伝わる高温だけで相手に致死レベルのダメージを与える可能性すらある。

 これらの要素が、俺に『炎精纏装』の使用をためらわせるのだ。


 対して、桜妖術『散り桜』は穏やかだ。

 負担は格段に小さい。

 今の俺の力量では攻撃には転用できないが、それゆえに意図せぬダメージを与えることもない。

 攻撃を受けた肉体と装備は一時的に花びらとなって舞い、すぐさま修復される。

 それが『散り桜』だ。


 ついでに言えば、ここは白夜湖の湖畔――水気の多い地だという事情もあった。

 火の力はどうしても鈍るし、制御も難しくなる。


 だからこそ、俺は今『散り桜』を選んでいる。

 これが最適解。

 間違いないはずだ。


「ならば――【ホーク・ドライブ】!!」


 叫びと共に、豪傑は無造作に石を掴み、迷いなく天へ向かってそれを投げ放った。

 腕の筋肉がしなり、石は鋭い弧を描いて空高く舞い上がる。

 繰り返すこと数回。

 濃霧の中、石はまるで黒い彗星のように小さくなっていった。


「ほう? 上空へ石を投擲しての、時間差攻撃か」


 俺は一瞬で意図を見抜き、即座に後方へ飛びのいた。

 直後、空から轟音と共に、無数の石片が豪雨のように降り注ぐ。

 耳に残る鼓膜を叩くような破裂音が絶え間なく続いた。


「そこっ!」


 空気を裂くような鋭い叫びが、石雨の向こうから飛び込んでくる。

 その声に反応するより早く、豪傑がまるで弾丸のような勢いで間合いを詰めてきた。

 大地が震え、接近の圧力が全身にのしかかる。

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