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1732話 びてい?

「あいつが、報告書にあった豪傑だな? 何か情報は得たのか?」


 俺は、目を細めながら問いかけた。

 広がる静寂を破るように、隣に立つ流華が低く答えた。


「細かいことは分からねぇけど……。圧倒的な腕力に加えて、妖術も使っていた。あとは、武具に書いてある通り『美帝びてい』っつう名前らしい……」


「美帝……?」


 俺は呟き、眉をひそめた。

 美しい帝王、か。

 言葉にすればたったそれだけなのに、その響きが妙に耳に残る。

 何とも仰々しい名前だ。


 だが、読み方は『びてい』で正しいのだろうか?

 普通に考えればそうだ。

 しかし、漢字には複数の読み方があるものが多い。

 今回の『美帝』という組み合わせなら、例えば『みてい』という読み方だって――


「うっ!?」


 思考を巡らせた途端、激しい頭痛が頭を貫いた。

 痛みに顔をしかめ、思わず膝をつきそうになる。

 ……何だ?

 一体、俺は何を思い出そうとしている……?

 俺の異変を察知したのか、背後から流華が慌てて駆け寄ってきた。


「兄貴!」


「だ、大丈夫だ……。こんなこともあろうかと、新しい妖具を準備してきた」


 息を荒げながら、俺は懐を探り、仮面を取り出す。

 それを素早く顔に当て、装着した。

 この仮面の効果はただ一つ、頭痛の緩和のみ。


 さっそく効果が出てきた。

 痛みは和らぎ、思考も徐々に正常に戻ってくる。

 名前の読み方など、今はどうでもいい。

 重要なのは、目の前の敵――あの豪傑への対処だ。


「俺はあいつを倒してくる」


「兄貴? いや、でも……」


 呼吸を整えた俺は、きっぱりと宣言する。

 流華の声には、不安が滲んでいた。


「心配するな。俺は負けない。それに、わざわざここまで来て手ぶらで帰るわけにもいかないだろう?」


 俺は微笑みを浮かべながら言う。

 流華も苦笑いを返してきた。


「……そうだな。兄貴がそう言うなら、任せるぜ。ただ、できれば無意味に傷つけず仲間に引き込めないかな?」


 思いがけない提案に、俺は思わず目を見開いた。

 流華らしいと言えばらしい。

 敵であっても、不必要に傷つけたくない――そんな優しさを彼は持っている。


 しかし、仲間に引き込むだと?

 自分たちの隊を壊滅状態に追い込んだ、その張本人を?

 さすがに優しすぎる気もする。

 少し違和感を覚えた。

 だが、長々と話し込んでいる暇はない。


「……余裕があればそうしよう。あの豪傑は強い。仲間に引き込めれば百人力となる。――うっ……!?」


 再び、鋭い痛みが頭を突き刺した。

 今度は、”百人力”という言葉を口にした瞬間だ。

 仮面の効果により、痛み自体は先ほどより軽い。

 だが、魂の底を揺さぶられるような、不快で根源的な苦しみは、簡単には無視できなかった。


 強者との戦闘中にこの痛みが発生するのはマズい。

 わずかな隙が命取りになるだろう。

 ならば、しばらく口数を減らし、全神経を集中するしかない。

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