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1714話 白夜湖の妖獣

 その影は、堂々たるたてがみを有していた。

 筋骨隆々とした四肢、威風をまとった姿。

 だが、何よりも異様だったのは、その目。

 常の獣とは違い、不自然なほど大きく、白夜の淡光を吸い込むように妖しく輝いていた。


「さっそく来ましたか……。これが一体目です。さて、どんな力を見せてくれるのでしょう?」


 言葉を口にした瞬間、ミティの足元に亀裂が走る。

 彼女が地を踏みしめたのだ。

 ただの一歩で、地が軋む。

 構えた大槌が、静かに、しかし確実に空気を変える。

 軽やかなその身体に宿るのは、山を砕き、谷を穿つ力――それは、剛という言葉だけでは語れない、重く沈んだ存在そのものだった。


 白夜湖がまたひとつ、戦いの夜を迎える。


 湖岸の影が、ぬるりと動いた。

 四足で這うように進むそれは、地球におけるライオンにも似た輪郭をしていた。

 サザリアナ王国にも、似たような魔物はいるし、ミティも戦ったことはある。


 だが、この妖獣は少しばかり様子が異なっていた。

 背中には燃えるような色の毛がそびえ立っており、喉元からは時折、青い燐光が漏れる。

 空気が重くなるほどの熱を孕んだ息遣い――


「火炎系の妖獣ですか。それに、筋力も凄まじそうですね。最初からこのレベルの妖獣が出てくれるなんて、嬉しい限りです」


 ミティはゆっくりと笑った。

 唇の端が上がるその表情には、恐れも逡巡もない。

 ただ純粋に、自分の力をぶつけることができる悦びが浮かんでいた。


「ゴアアアアァッ!!」


 猛獣が咆哮した。その声は地鳴りのように響き渡り、湖の水面に波紋を走らせる。

 同時に爆ぜるような熱風が周囲を巻き、土を巻き上げながら、灼熱の息を伴って突進する。

 青白い火炎が風を裂き、空間そのものを焦がすように一直線に吐き出された。


 その瞬間、彼女は地を蹴った。

 踵が一瞬だけ地を掠めた後、信じがたい加速で宙を舞い、炎の帯を紙一重でかわしていく。

 しなやかでいて力強い動きは、まるで風を操るかのようで、軌跡にさえ火が届かない。

 そして――


「はぁっ!」


 低く絞り出した声と共に、大槌が振るわれた。

 空気が震え、質量を感じさせるその一撃は、まるで重力すら一瞬ねじ伏せたかのようだった。

 大地が悲鳴を上げて割れ、飛び散る破片が湖へと転がり落ちていく。

 衝撃波が湖岸を走り、妖獣の脚がぐらりと沈んだ。


「力はあるようですが、動きが素直すぎます。ここに常人は寄り付かないそうですし、対人戦の経験が少ないのは仕方ありませんが」


 冷静な観察と共に、ミティはさらに一歩踏み込む。

 瞳にはすでに勝機の光が宿っていた。

 肩口から振りかぶられたハンマーが、弧を描きながらその巨大な質量を預けて落ちていく。


「ビッグ……ボンバー!!」


 短い息を吐き、地を砕くような一撃を叩き込む。

 音では表現できない爆発のような衝撃が走り、妖獣の巨体がたまらず地に叩きつけられる。

 だが、その巨体は崩れなかった。

 倒れるどころか、すぐに起き上がる。

 体表の温度が上昇し、背の剛毛が蒼く、妖しく輝き始めた。

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