表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1737/1845

1706話 うどんを守るために

「桜花藩、か……」


 琉徳が呟く。


 桜花藩――。

 大和連邦の心臓部とも呼ばれる近麗地方、そのまた中心に位置する大藩だ。

 物流の要、経済の核。

 他藩から見て、喉から手が出るほどに欲しい土地だ。


 侵略の小競り合いは枚挙にいとまがない。

 しかし、いずれも桜花城を落とすには到底届かなかった。

 粒揃いの『桜花七侍』がいることも理由の一つだが、それ以上に大きな理由がある。

 桜花の歴代藩主は、物理攻撃を無効化する血統妖術を有しているのだ。

 傷つけることさえままならぬ、不死身のような支配者たち。

 総大将の防御力や耐久性という面では、近隣他藩と比べても軍を抜いている。


 だが、幸いにして、その血統妖術は攻撃性能には欠けているとの裏情報もあった。

 桜花藩は物流の要であるためか、領土的野心も控えめ。

 そんなバランスの上で、近麗地方の平和は保たれ、隣接する四神地方にも影響は及んでこなかった。


 そんな桜花藩が今、隠された野心を解き放つかのように、周囲の藩を飲み込もうとしている。

 すでに湧火山藩、那由他藩、深詠藩は併呑されたとの情報もある。

 だからこそ、琉徳は決断せざるを得なかった。


 紅炎藩。

 華河藩の南に位置する、火妖術に秀でた藩。

 その次男に、紅乃を嫁がせることで、盤石な同盟を築こうとした。


 ――次期藩主としての焦り。

 ――そして、密かに胸の奥に巣くっていた、うどん打ちにおける紅乃への劣等感。

 それらが闇の瘴気によって増幅され、肥大化し、今回の事件に繋がったのだ。


「桜花藩を始めとする他藩からの侵攻を防ぐには、力のある為政者が必要ですわ。琉徳殿の血統妖術、お見事でした。誰から見ても、次期藩主として申し分のない実力でしょう。そしてわたくしも、うどんを守るためならば助力を惜しみません。これは、わたくしの誓いです」


 リーゼロッテの声は凛としていた。

 その声には、炎のような情熱と、氷のような決意があった。


 ――うどんを、守るために。

 誰が想像しただろう。

 国を救う決意の中に、麺があろうとは。


 琉徳は、しばし無言のままリーゼロッテを、そして紅乃を見つめた。

 その瞳の奥に、どこか懐かしさが宿っていた。

 かつて兄妹でうどん打ちに励んでいた、あの無邪気な日々。

 小麦粉まみれになった顔で笑い合った、あの日々。

 やがて、かすかに口元が緩み――苦笑いのような笑みがこぼれた。


「……はは。まさか……俺が、うどんのことでここまで泣かされるとはな」


「うどんだからこそ、です。兄さま」


 紅乃は一歩、彼のそばへと歩み寄る。

 その手は小さくても、彼の心を引き戻すには十分すぎる力を持っていた。


「ああ、そうだな」


 その笑みは、もはや暴走していた男のものではなかった。

 すべてを乗り越えた者の、穏やかな顔だった――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ