1700話 うどん拳
空が、悲鳴を上げる。
鈍く濁った空の下、世界は息をひそめていた。
リーゼロッテの前に立ちはだかるのは、おうどん湯の巨麺兵。
その全身を編み上げるは、生きた麺だ。
しなやかに脈打ち、時折ピクリと震えるそれは、単なる兵器とは呼べぬ異様な生命感を放っている。
巨体が天を背に、雷鳴のごとき轟音とともに拳を振りかぶる。
その動きには、長き時を経て研ぎ澄まされた血統妖術の重みと風格が宿っていた。
「五重うどん拳・壱ノ型――『釜茹で正拳』ッ!!」
琉徳の怒号が空気を震わせる。
その声は意志を持った刃のように鋭く、濁流のように大気を貫いた。
麺で編まれた拳が、まるで巨大な鉄槌のように光を帯びる。
そして火花のような熱気とともに、揚げたての天ぷらを巻き込んで一気に振り下ろされた。
「くっ……!」
天ぷらの衣が舞い、蒸気が弾け、湿気を孕んだ空気が一瞬で焼ける。
音すら遅れて届くその破壊の瞬間、空間全体が悲鳴を上げた。
拳が炸裂音と共にグラキエス・うどんロボの肩を穿ち、氷の膜で覆われた天ぷら装甲が霧散する。
白く砕けた氷片が雪のように舞い、閃光に照らされて幻のように空に消えた。
「なっ……!? こ、これほどの威力とは……」
思わず漏れたリーゼロッテの息が、戦場の緊張をさらに引き締める。
彼女の瞳に映るのは、壊された肩部と、その奥で露わになった冷却コア。
機体のバランスを保つため、彼女は一歩、いや半歩だけ、後ずさる。
その仕草には、計算された動きではなく、生身の人間としての本能が色濃く滲んでいた。
だが、巨麺兵は隙を逃さない。
次の一撃は、既に風を裂いていた。
「弐ノ型――『つけめん乱舞』!」
麺で構成された拳が幾重にも重なる。
まるで麺の滝が逆流するかのように、怒涛の連打が空気を砕いて襲いかかった。
一本一本の麺がしなやかに、だが確かな硬度をもって宙を走り、それぞれが独立した意志を持っているかのように、正確無比な打撃を繰り出す。
その様はまさに技の嵐。
讃岐家伝来の血統妖術の粋を凝縮した連撃は、見惚れるほど美しいと同時に、戦場においては恐怖そのものであった。




