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1695話 果たし合い

 城下の朝は早い。

 夜の名残を残した薄明の空に、活気ある市場の声が混じる。

 しかし、その喧噪とは別の空気が、ある一角に流れていた。


 紅乃庵の近くにある広場。

 そこにはすでに数多の人々が集まり、ざわめきながら噂を交わしていた。

 普段ならば商人や職人が行き交うこの場所は、今や異様な熱気に包まれている。


「本当にやるのか……?」

「まさか、あの余所者の娘が琉徳様に果たし合いを挑むなんて……」

「聞いたか? 紅乃が斬られたらしいぞ。犯人はきっと――」

「馬鹿、滅多なことを言うな。それは通り魔の犯行ってことになってるんだぞ……!」


 低く囁かれる言葉の端々に、驚きと疑念、そして一抹の興奮が滲んでいた。

 誰もが信じられないという表情で、広場の中央を見つめている。

 人々の視線の先には、二つの影が対峙していた。


 琉徳――讃岐家の嫡男であり、若き侍。

 しなやかに鍛えられた体躯、無駄のない立ち姿。

 彼は次期藩主であると同時に一流のうどん職人でもあり、さらには家中でも一目置かれる剣の腕を持つ。

 激情家であり、紅乃とのうどん対決に何故か固執している点を除けば、欠点らしい欠点はない。

 彼の周囲には絶えず緊張感が漂っている。

 まるで一本の太刀のように、静かで、それでいて鋭い。


 対するリーゼロッテは、素性の知れぬ令嬢。

 その美しい青髪は、この場の空気と不思議な対比を成していた。

 繊細な指が握るのは細身の剣――この藩では馴染みのない武器。

 その刀身は、陽光を受けても鈍い光を放つばかりで、琉徳の持つ刀のような迫力はない。


「……泣いて謝るなら、決闘をなかったことにしてやってもいいぞ?」


 琉徳は静かに言い放った。

 軽く息を吐きながら、ゆっくりと刀を抜く。

 刃が朝の光を受け、鈍く光る。

 微かに笑い、肩をすくめるその仕草には、余裕が滲んでいた。


「勘違いは、誰にでもある。紅乃の右腕が再起不能になったのは心中察するが、生きておれば構わないだろう? 元より、武家の娘は良家に嫁いで跡取り息子を産むのが最大の役目……。うどんを打てなくなった程度、どうでもよかろう」


 広場に、冷たい沈黙が落ちる。

 リーゼロッテは黙っていた。

 だが、その瞳は琉徳を真っ直ぐに捉えている。

 蒼く澄んだ瞳の奥には、感情が渦巻いていた。

 それは怒りか、あるいは静かな決意か。

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