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1690話 俺が紅乃より…劣っているというのか!

「これこそ、うどんの真髄ですわ! 出汁と麺が口の中で溶け合い、最後の一滴まで飲み干したくなる……」


 彼女は、まるで宝石を愛おしむように丼を両手で包み込み、そっと傾けた。

 琥珀色の出汁が波打ちながら揺れ、湯気が静かに立ち上る。

 その香りは、昆布と鰹が織りなす深い旨味を漂わせ、鼻腔をくすぐった。

 ゆっくりと口に含めば、ほんのりとした甘みと塩気が舌に馴染み、喉元をすべるたびに心の奥底まで染み渡る。

 まるで冬の寒空の下、陽だまりに抱かれるような温かさだった。


 そして――


「おかわり、いただけるでしょうか?」


 その一言は、あまりにも無邪気で、あまりにも率直だった。

 審査員たちは思わず顔を見合わせ、そして、ついには微笑んだ。

 緊張に包まれていた空気が、ふっと和らぐ。


「……ちっ、ふざけるな!」


 突然、荒々しい声が響く。

 琉徳が椅子を押しのけるように立ち上がった。

 拳を強く握りしめ、血管が浮き出ている。


「この勝負は俺が決めるのだ! 結果は――」


 その時、長老のような風格を持つ審査員が静かに口を開いた。


「……武士の食は、飾りではない……。本当に旨いものこそ、力を与える」


 その言葉は、重く、確かなものだった。

 誰もが黙り込む。

 彼らの目には、認めざるを得ないという苦悩が浮かんでいた。


「料理に嘘はつけませんわ」


 リーゼロッテが静かに告げる。

 その声音には、揺るぎない確信があった。


「お、おのれ……! どいつもこいつも、俺を馬鹿にしやがって……!!」


 琉徳の呼吸が荒くなる。

 歯を食いしばり、肩を震わせていた。

 怒りが、彼の全身から立ち上る黒煙のように漏れ出している。


「あなたを馬鹿にしているわけではありません。紅乃さんのうどんが素晴らしかった、ただそれだけのことですわ」


「うるさい! 俺が紅乃より……劣っているというのか!!」


 琉徳が叫ぶ。

 その顔は、まさに般若。

 額には深い皺が刻まれ、目は爛々とした狂気を宿していた。


 もとより気性の荒い男ではあるが、それにしても尋常ではない。

 まるで、自分の存在そのものを否定されたかのような形相だった。

 目は黒く濁り、焦点が定まらない。

 そこに映っているのは現実ではなく、歪んだ妄執なのかもしれない。

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