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1687話 その勝負、お待ちくださいまし!

 誰もが勝負の理不尽性に気付いていたが、動く者はいない。

 恐れと躊躇を抱えたまま、言葉を飲み込んでいる。

 店の奥で鳴っていた湯沸かしの音や、調理場から漂うだしの香りですら、この緊迫した空気の中では無力だった。

 しかし、沈黙の中、不意に響いた声が場の空気を一変させた。


「その勝負、お待ちくださいまし!」


「なにぃ!?」


 琉徳の目が鋭く細められ、視線は声の主に突き刺さった。

 そこには、優雅な雰囲気のまま琉徳へ指を差し向けるリーゼロッテが立っていた。

 彼女は堂々とした態度で、琉徳の威圧感にも屈する様子はない。


「貴様、邪魔をするつもりか!?」


 琉徳の声には、苛立ちと疑念が混じっていた。


「いいえ。わたくしも、審査員に入れていただきたい。ただそれだけですわ」


「ふん! うどんの出来に関わらず、紅乃に同情票でも入れようということか!」


「そんなことは致しません。わたくしは、料理の味に嘘はつきませんので。料理人が腕によりをかけて作るうどん……それを食べてみたいという純粋な気持ちですわ。必ず、嘘偽りなく審査すると誓いましょう」


 リーゼロッテの言葉は、静かな湖面に落ちた一滴の水のように、静かだが確かな波紋を広げた。

 彼女の声は柔らかく、それでいて芯の通った強さがあった。

 琉徳はしばし黙り込んだが、やがて肩をすくめ、薄く笑った。


「……ふん。まぁいいだろう」


 彼は審査員を5人用意するつもりだ。

 その中の1人がこの余所者の娘になったところで、勝負の行方に大きな影響はないだろう。

 琉徳はそう判断したのだ。


「勝負は二日後の昼だ! 首を洗って待っておけ!」


 琉徳は部下たちを引き連れ、店を後にした。

 その足音が遠ざかるにつれ、店内に張り詰めていた緊張がようやく解け、誰かが息をついた音が小さく聞こえた。


「璃世さん。巻き込む形になってしまい、申し訳ありません」


 紅乃が、静かに頭を下げる。

 その姿は、礼儀正しくも、どこか痛々しいほどに真摯だった。


「とんでもないですわ。わたくしから言ったことですから。それに……とっても楽しみにしていますのよ?」


 リーゼロッテの声は、場を温める春の陽射しのように、柔らかく周囲を包んだ。

 彼女の瞳には、期待の光が宿っていた。

 それは、ただの勝負の行方を見守るだけではない、心から料理を楽しみにする者の純粋さだった。


「えっと……?」


 紅乃が目を瞬かせると、リーゼロッテは無邪気な笑顔を浮かべた。


「うどん、たくさん食べて楽しみますわよ~!」


 彼女の声に、店内の重苦しい空気が少しだけ和らいだように感じられた。

 先ほどまでの緊張は、まるで春風に吹かれて解ける霜のように、音もなく消えていった。


 こうして、華河藩の未来を占う(?)うどん対決が行われることになったのだった。

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