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1676話 雪という名前

『……”雪”。この名前に聞き覚えはありませんか?』


「何……?」


 少女の口から発せられた名前に、俺は思わず眉を顰める。

 ゆき……?

 雪、か……?

 どこかで聞いたことがある気がする。

 だが、それがどこで、どんな存在だったのかは思い出せない。

 記憶の隅を探るように考えながら、俺は低く問い返す。


「……そいつがどうした?」


『貴方がこの地で人々を虐殺すれば、雪という少女は永遠に貴方になびくことはなくなります。雪は、貴方が手を汚すことを決して望まないでしょうから』


 少女の声音は淡々としていた。

 感情を込めているわけではない。

 ただ、事実を述べるように。

 だが、その言葉の持つ重みは確かだった。


「……」


 俺は言葉を失う。

 覚えていない女が“なびかない”と言われても、それがどうしたというのか。

 俺の目的に何の影響もない。

 ……はずだった。


 だが、なぜか、この胸の奥が妙にざわついた。

 名前すら曖昧な相手なのに、その言葉がどこか引っかかる。

 まるで霧に包まれた記憶の奥底で、何かが手探りでこちらを求めているような、そんな感覚だった。


『どうか約束してください。この地の人々には手を出さないと』


 少女の声は透き通っていた。

 しかしその静かな響きの奥には、確かな決意が宿っている。

 俺の心をかすかに掻き乱す、その声音の正体は何なのか。


「……ふん。まぁいいだろう」


 俺は小さく鼻を鳴らし、腕を組んだ。

 誰かに指図されるのは本来気に入らない。

 俺は闇を受け入れ、己の欲望に忠実に生きると決めた身だ。

 それでも――なぜか、この少女の言葉には抗う気が起きなかった。


 “雪”という存在。

 その何かが、俺の中に残滓を落としていく。

 自分の意志に従っているつもりなのに、どこか違うものに導かれている気さえした。

 ここは素直に従っておくのも悪くないかもしれない。


『ありがとうございます』


 少女は優雅に一礼し、再び静かに口を開く。


『お礼に、一つだけ忠告を授けましょう』


「忠告……?」


 少女は薄く微笑む。

 その微笑は、余裕すら感じさせるものだった。


『大和を守る十柱の中でも、私は最弱……。自分の力を過信しないことですね』

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