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1590話 近麗地方・深詠藩【雪side】

 タカシが桜花城を攻め落とした頃――

 桜花藩から二つ隣の『深詠藩みえはん』を歩く一人の少女の姿があった。


「……ふぅ。やっとここまで来た……」


 その少女は息を切らせ、疲労困憊といった様子だ。

 彼女の名前は雪。

 タカシの船に密航する形で大和連邦に里帰りを目論んだ彼女だが、ミリオンズに巻き込まれる形で『霧隠れの里』から強制転移させられてしまった。


 幸いというべきか、飛ばされた先の深詠藩は彼女の故郷からそう遠くない場所だった。

 しかし、彼女の身分に関わる諸事情によって、人目につかないようこっそりと移動しなければならなかった。

 移動時間にも通過場所にも、かなり気を遣わされたのだ。

 そのため、強制転移から2か月近くが経過した今でも、そこそこ程度の距離しか進めていない。


「……深詠藩には一度だけ来たことがあったかな。その中でも、確かこのあたりには有名な神社があったずだけど……呑気に観光を楽しめる類の神社じゃないし、そもそもそういう場合でもないよね……」


 雪はそう呟きつつ、歩みを進める。

 大和連邦にも宗教はある。

 一部は一般民衆に観光名所として開放されており、一部は敬虔な信者のみが通うことが出来る聖地となっている。

 人目を避けるための経路を選んでいけば、後者の神社付近を通過するのは必然だった。


「……っ!!」


 慎重に歩いていた雪は、心臓が止まるかというほどに驚いた。

 夕暮れの神社……目の前に、一人の少女が佇んでいたからだ。

 まるで気配を感じなかった。

 彼女は空を仰ぎ、物思いに耽っている。


「……き、君は……?」


 雪は、思わずそう尋ねてしまった。

 少女はゆっくりと雪の方に視線を向ける。


「…………」


「あの……えっと……?」


「……新月にはまだ早いわ」


「え? あ……うん。そうだね……」


 雪もつられて、空を見上げる。

 新月とは、満月の逆の状態だ。

 月が闇に覆われて見えなくなってしまう状態のことである。

 そうなる時期には規則性があり、少女の言う通り新月の日にはまだ早い。

 そもそも、まだ夕暮れの時間帯ということもあり、月自体がよく見えない。


「あ、あの……君って……」


 雪は少女の服を指差す。

 その格好は、とても神秘的だ。

 巫女装束に似ているような気もするが、どこか違う。

 その服には、雪の知らない文字が書かれている。

 いや、そもそも……この少女は人間なのか?

 そんな疑問が、彼女の脳裏を過る。


「彼の地には闇が忍び寄っていた……。それは遠からず、桜を蝕み枯らして……」


「え……?」


「でも……ああ……。賽は投げられた。もう、戻れない……」


 少女がそこまで言うと、徐々にその存在感が薄れていく。

 まるで、この世ならざる者……神か物怪の類のようだ。


「ま、待って! あなたはいったい……」


「人の子よ……。運命に抗いなさい。さもないと……沈んでしまう……」


 少女はそう呟くと、その場から消えてしまった。

 まるで、最初からそこにいなかったかのように……。

 雪はしばらくの間、呆然とその場に立ち尽くしていたのだった。

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