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1513話 飛車角落ち

「お前……」


 俺は絶句する。

 無月の肉体には、ぴっちりとした黒装束がまとわついていた。

 しかし、その肉体は女性のものにしか見えない。

 そう……無月の正体は女だったのだ。


「お前……男じゃなかったのか……?」


 俺は呆然と呟く。

 彼……いや、彼女の一人称は『俺』だった。

 男だと思って疑わなかったのだが……。

 まさか女だったとはな。


「ふん、忍びにとって性別など些細なこと。何か問題でもあるか?」


「いや、別に」


 俺は首を横に振る。

 今は、武神流や雷鳴流を巡る政治闘争の最中である。

 彼女の言う通り、性別は些細なことだろう。

 しかし、言葉とは裏腹に俺の視線は彼女の肉体へ釘付けとなっていた。


「ちっ、どこを見ている」


 無月が舌打ちする。

 その体は細身だが胸は大きく、腰回りも引き締まっていた。

 艶めかしい曲線を描く肢体。

 その美しさに、俺は目を奪われてしまう。


「いや、見事な視線誘導術だ。さすがは桜花七侍といったところか。感心するよ」


「ふん、戯言を……」


 無月は不快そうに呟く。

 そんな彼女の肉体を見て、俺はあることを思いついた。


「無月と言ったな? お前、俺の女にならないか?」


「は……?」


 無月が目を丸くする。

 そんな彼女に、俺は説明を始めたのだった。


「な、何を言っている? 貴様……」


「そのままの意味だ。お前、俺の女にならないか? 俺の子を産み、平穏に暮らすことに興味はないか?」


 俺は言う。

 無月の肉体は素晴らしい。

 その美しさを俺だけのものにしてしまいたい……。

 そんな欲望が、俺の中に渦巻いていた。


「お、愚か者……! この俺が貴様の女になるだと……!? そんなふざけた話があってたまるか!」


 無月は激昂している。

 だが、その反応も無理はない。

 いきなり『自分の女にならないか?』と言われたら、誰だって戸惑うことだろう。


「なら、力づくで俺の女にするしかないか」


 俺は刀を構える。

 無月もクナイを構えた。

 戦闘は避けられないようだ。


「貴様がそんな戯言をほざくのも、俺の力を知らぬからだろう……。万が一、俺を屈服させられたら、その時は考えてやってもいい」


「ふむ……」


 俺は無月を観察する。

 体は引き締まっており、無駄な肉はついていない。

 素早さに特化したタイプだろう。

 桜花七侍に任じられている以上、確かな実力を持つはずだ。

 金剛という大男とも対等にやり取りしていたしな。


「お前ほどの手練れを屈服させる……。殺さず、お前が納得するだけの力を示せと……。『飛車角落ち』といったところか」


 俺は呟く。

 飛車角落ちとは、将棋の用語だ。

 実力の低い相手を手加減して相手することを表す言葉である。

 かなりの無理難題だ。

 しかし、彼女の肉体にはそれだけの価値がある。


「まぁ……すぐに詰んでやろう」


 俺は刀を構える。

 そして、無月に対して悠然と構えるのだった。

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