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1445話 少年の恨み

「このスリ野郎! 謝罪回りしてるってのは本当だったか!!」


 そう叫び、一人の少年が俺たちに近づいてくる。

 年の頃は12歳ぐらい。

 彼には見覚えがある。

 俺たちが泊まっている宿屋の、女将の息子だ。

 以前も流華に突っかかっていた。


「てめぇ、何を企んでやがる!? 油断させて、また俺から盗ろうってか? ああ?」


「ち、違う! オレはもう……」


 流華が慌てて首を振る。

 そんな彼の腹を、少年は蹴り飛ばした。


「ぐっ!」


 流華は腹を押さえ、うずくまる。

 そんな流華に、少年はさらに蹴りを加えようとした。

 俺は咄嗟に少年と流華の間に割って入る。


「どけ!」


 少年はそう叫ぶ。

 だが、俺はどかなかった。


「やめておけ」


「なんだと? 俺に命令すんじゃねぇよ! 俺は、このスリ野郎に用があるんだ!」


「流華は反省している。もう許してやってくれないか?」


「ああ? てめぇ、何言ってやがるんだ?」


 少年は俺を押しのけようとする。

 俺は、その腕をガッチリと掴んだ。


「離せよ!」


「断る」


「この野郎……」


 少年は俺を睨みながら歯噛みする。

 そして、彼は叫んだ。


「あの日……こいつがオレの財布を盗みやがったんだ! そのせいで薬が買えなくなって……妹は風邪が悪化して何日も苦しんだんだ!!」


「それは聞いているが……」


 謝罪回りの前に、俺はいろいろと情報を集めている。

 この少年も流華の被害者の一人だ。

 スリ被害により風邪薬が買えなくなり、妹さんは何日も苦しんだという。

 最終的には全快したため、女将は流華のことを極端に嫌っているわけではなかった。

 だが、妹を間近で看病したこの少年にとっては、流華は極悪非道のスリなのだ。


 もっと最後の方で謝罪に訪れる予定だったが……。

 こうしてやって来るとはな。

 想定外だ。


「賠償はこれから行われる。そして、この通り謝罪もしている。もう許してやってもいいんじゃないか?」


「許すわけねぇだろ! こいつのせいで、妹は……!!」


 少年が流華に拳を向ける。

 その拳を受け止めたのは……紅葉だった。


「流華くんは反省しているよ?」


 紅葉が少年の拳を握り締めながら言う。

 年頃は似たようなものだが……。

 紅葉には加護(微)が付与されているため、力勝負ではやや優勢だ。


「なんだ、お前は? 関係ねぇ女は引っ込んでろ!」


「関係あるよ。流華くんは私の大切な仲間だもん」


 紅葉はそう言って、少年の拳を握る手に力を入れた。

 少年は顔をしかめる。

 いや、これは……照れているのか?


「い、痛ぇ! 離せ!」


「離したら、また流華くんを殴るんでしょ? だったら、離さないよ」


 紅葉は少年を睨みながら、さらに手に力を込める。

 痛みか照れか。

 それとも両方か。

 少年は混乱気味のようだ。

 彼は顔を赤くしながら言う。


「わ、分かった! もう殴らねぇから離せ!!」


「本当?」


 紅葉はジト目で少年を見る。

 少年は視線をそらしながら続けた。


「あ、ああ! 本当だ!」


「……分かった」


 紅葉が少年の手を離す。

 少年は痛そうに手を振ってから、流華に言った。


「ふん! 女に庇ってもらうなんて、だらしねぇな! このスリ野郎が!!」


「す、すまねぇ……」


「ちっ! こんな女々しい奴にスラれたなんてな……。それでも男か! このスリ野郎!!」


 少年は大きく舌打ちする。

 紅葉が参戦してくれたおかげで、暴力沙汰にはならなそうだが……。

 今度は流華の男らしさについて口撃されている。

 本題とはちょっとズレている気もするが、少年がスリの被害者であることは紛れもない事実。

 何とかして、彼の怒りを静めなければ……。

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