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1442話 賠償と謝罪作戦

「さぁ、どうする? まだやるか?」


「むう……」


 侍は刀から手を離す。

 それを見て、俺は刀を鞘に戻した。


「拙者も死にたくはない。この場での実力行使は諦めるとしよう」


「そうか。それは良かった」


 俺はホッとする。

 だが、侍は言葉を続けた。


「しかし、そやつを野放しにしておくわけにはいかん事情も理解してほしい」


「なんだと?」


「拙者は桜花藩が藩主――桜花景春おうかかげはる様の家臣なり。法に則り、そやつを罪人として処分する義務があるのだ」


「…………」


 俺は静かに刀に手を乗せる。

 その様子を見て、侍は言った。


「まぁ待て。話は最後まで聞くがよい」


「聞こう。ただし、無意味な時間稼ぎならこの場で斬る」


「貴殿はせっかちだな。短気は損気だぞ?」


「余計なお世話だ」


 俺は侍を睨みつける。

 そんな俺に、侍は言った。


「拙者一人を切り捨てたところで、法も民もそやつを許さん。そやつが捕まって投獄されたのは三度だが、余罪は山のようにあるのだ」


「……」


「罪人を捕らえ、罰を与えるのは桜花藩の武士の役目。貴殿がそやつを連れて行動する限り、追っ手はかかるであろう。最初は拙者のように一人での追っ手であっても、じきに追っ手の数は増える。やがては『桜花七侍』が出張ってくるぞ。貴殿は、その度に追っ手を皆殺しにでもしていくつもりか?」


「……」


 俺は思わず黙り込んだ。

 確かに、彼の言っていることも一理ある。

 俺の戦闘能力なら、敵対者を皆殺しにするのは難しくない。

 だが、それでは追っ手が増え続けるだけだ。

 いずれ、追っ手を処理しきれずに流華や紅葉を危険に晒すことになる。


「俺を脅すつもりか? だが、そんな脅しは俺には通用しないぞ」


「脅しではない。事実を述べたまでだ。そして、ここからが提案なのだが……」


 侍はそこで言葉を句切り、流華にチラリと視線を向ける。

 そしてまた俺に視線を戻し、続けた。


「そやつがこれまでに盗んだ金品を被害者たちに賠償するのはどうだ? そして民衆に謝罪し、そやつへの処罰感情を緩和するのだ」


「賠償だと?」


「ああ。仏顔三度法は厳格な法律だが、それを執行する前提にあるのは三度の前科だ。そしてそやつの場合、その三度全ては窃盗である」


「ふむ……つまり?」


「そやつがこれまでに盗んだ金品の賠償をすれば……三度の前科そのものがなかったことになる。仏顔三度法を適用する前提そのものが崩壊するというわけだ」


「ほう……。そういうものか」


 なかなかに興味深い話だ。

 現代日本の法体系とは大きく異なるようだが……。

 桜花藩においてそのような法運用されているのは事実なのだろう。

 実力行使は、あくまで最終手段。

 法律に従って流華への追っ手を減らせるのなら、俺はそれでいい。


「賠償の件は理解した。だが、民衆に謝罪するというのは?」


「そやつに対する民衆の恨みや怒りは相当に根深い。とりわけ、大通りでのスリ被害はかなりのものだったようだ」


「え? い、いや……。オレは大通りではそこまで大きなスリは……。ちょこちょこと盗んだぐらいで……」


 流華が慌てて否定する。

 だが、侍はそれを無視した。


「そやつ以外にもスリはいくらでもいる。全ての罪がそやつによるものだとは拙者も思っていない。だが……」


「被害者たちは違うということか」


「うむ。そやつを無罪放免にしたところで、民衆が納得してくれるとは思えん。最悪、法律外での私刑が行われるだろう」


「そうか……」


 指紋照合や映像記録があれば、『このスリが盗んだ財布の持ち主はこの人だ』という証明もある程度はできるだろう。

 だが、この街にそんな技術はない。

 これまでにスリ被害にあった者は、やっと捕まった流華というスリ常習犯に溜まった怒りの全てを向けかねない。

 そういう状況なのだ。


「いいだろう。金品の賠償に、民衆への謝罪だな。名付けて『賠償と謝罪作戦』といったところか。その提案、乗ろうじゃないか」


「うむ」


 侍は満足そうに頷く。

 そして、流華に鋭い視線を向けた。


「聞いた通りだ、盗人。良き理解者に出会えたようだが……恩を仇で返すようなことはせぬことだ」


「わ、分かったよ……」


 流華が渋々と言った感じで頷く。

 こうして……俺たちは金品の賠償と民衆への謝罪を約束することになったのだった。

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