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1160話 五精・オーバーエレメンツ

「へぇ、やっぱり『三日月の舞』は強いな……」


 俺は今、オルフェスの外にいる。

 茂みの影に潜み、『三日月の舞』がリオンやヨゼフを追っていくのを眺めていた。

 そして、つい先ほど彼女たちの魔法によりヨゼフが撃破されたところだ。


「あの『三位一体』は強力だ。『1+1+1=3』ではなく、相乗効果で遥かに高い威力が出る。いくらヨゼフがチンピラの中では強いとはいえ、あんな攻撃を食らえばひとたまりもないだろう」


 俺はそう分析する。

 まぁ、俺もユナやマリアとの合同火魔法で超火力を出すことができるわけだが……。

 エレナたちのは異なる属性同士を掛け合わせているからな。

 ある意味では、合同魔法よりも難易度が高いかもしれない。


「……ん? ヨゼフから闇の瘴気が漏れ出ているな……」


 ヨゼフから闇の瘴気が漂い始めた。

 そして、それはリオンに吸い込まれていった。

 リオンが意図的に吸収したわけではないだろう。

 おそらくだが、ヨゼフが撃破された際の衝撃か何かで闇の瘴気が漏れ、近くにいた他の闇の瘴気の持ち主であるリオンに引き寄せられていった感じか。


「これではもはや、『三日月の舞』では追いつけないだろうな……」


 闇の瘴気は、人が持っている欲望や悪意を増幅させ、正常な判断能力を鈍らせる。

 1対1の剣による決闘、あるいは大規模な軍隊の指揮などにおいて、その判断能力の低下は大きなデメリットとなる。

 弱体化してしまうと言っていいだろう。


 しかし一方で、単純な力押しや逃亡においては多少のメリットとなりうる。

 欲望や悪意が増幅されて正常な判断能力が鈍った結果、筋肉・闘気・魔力のリミッターが外れて、実力以上の力を発揮することがあるのだ。


「さて……」


 俺は静かにリオンを追いかける。

 エレナも彼を追っていたが、もう既にかなりの距離を開けられている。

 いかにCランク魔法使い言えど、とても追いつくことはできないだろう。

 草原地帯を抜け、彼が森に入っていく。


「ここから先は、俺の仕事だな」


 オルフェスにおいて、俺は目立たないように活動してきた。

 秘密組織『ダークガーデン』の首領『ナイトメア・ナイト』として動き、ダダダ団を壊滅に追い込んだ。

 もう仕事は済んだと言ってもいいだろう。

 一度は捕縛したリオンが逃げてしまったことは衛兵隊の落ち度であり、俺には関係ないしな。


 だが、そのリオンが逃亡先でまた悪事を起こしたりすれば目覚めが悪い。

 最後にひと仕事しておくべきだ。


「――いいえ、兄さん。わたしたちの仕事です」


 ニムが俺に言葉をかけてきた。

 そう。

 リオンやヨゼフの追跡は、ニムやモニカも付いてきている。

 より確実に捕縛するためだ。


「頼りにしているぜ。……しかし、ヨゼフの分まで闇の瘴気が吸い込まれるとは想定外だ。あの瘴気を放っておくのはマズイかもな……」


 俺はそう呟く。

 オルフェスの衛兵隊が、ヨゼフやリオンの浄化に手を焼いているのは知っていた。

 ここはサザリアナ王国の中でも僻地であり、聖魔法の使い手が圧倒的に不足しているのだ。

 俺が治療してやってもよかったのだが、下手に聖魔法を使うと俺の正体がハイブリッジ男爵であるとバレるリスクが高まる。

 そのため、『苦労しているみたいだが時間を掛ければいつかは浄化できるだろう』というスタンスで、手を出さなかったのだが……。


「ダーリンの聖魔法で浄化しておく?」


「そうだな。ここは街の外で、人の気配もない。目撃されるリスクは限りなく小さいし、俺の聖魔法で浄化しておこうと思う。できれば完全浄化、最低でもヨゼフによって上乗せされた瘴気は浄化しておきたいな」


 モニカの質問に俺は頷く。

 そして、俺はリオンの方に向かっていった。


「ちっ……! 動く相手に聖魔法は当てにくそうだな……。それに、聖魔法とはいえ森の中にぶっ放すのも気が引ける」


「なら、まずは私に任せてよ。――【パラライズ】」


 モニカが雷魔法を発動させる。

 その雷撃は、文字通り雷速でリオンに向かっていった。


「ぐあっ!? なんだ!? 体が……痺れる!!!」


 パラライズの魔法を受け、リオンは転倒する。

 これで『動く相手に聖魔法は当てにくい』という問題点は解決した。


「つ、次はわたしです。――【ロック・デ・パンチ】!!」


 ニムが土魔法を発動させる。

 地面から隆起した巨大な岩の拳が、リオンを真下から殴り飛ばした。


「ぐおおおぉっ!?」


 リオンが上空に打ち上げられる。

 これで『聖魔法とはいえ森の中にぶっ放すのも気が引ける』という問題点も解決だ。

 地面にいる俺から上空のリオンに向けて魔法を放つのであれば、周囲を巻き込むリスクはない。


「最後は、俺だな。――火、水、風、土、雷。それぞれの元素を司りし、気まぐれなる精霊たちよ。我の求めに応じ、顕現せよ。【五精・オーバーエレメンツ】」


 俺の詠唱に合わせて、五色の精霊たちが顕現する。

 その中の1人は、俺が直接的に契約を結んでいる参級炎精サラマンダーこと『サラ』だ。


「ふんっ! またピンチなのかと思ったら……。今回は、ただのゴミ掃除なの?」


「すまん。しかし、奴は確実に浄化しておきたいんだ。力を貸してくれないか?」


「べ、別に貸さないとは言っていないわ! あなたのために力を貸してあげるわよ!! そのために他の子も呼んできてあげたんだし!!」


 サラはツンデレ風な返答をする。

 しかし、俺は知っている。

 彼女は本当にツンデレだということを……。


「じゃあ、いくわよ! 受け取りなさい! アタシたち『五精・オーバーエレメンツ』の力を!!」


「おおおおぉっ!!」


 サラの掛け声と共に、俺の中に熱いものが込み上げてきた。

 それは聖気であり、魔力であり、闘気でもある。

 俺はそれらの力を制御し、これから放つ大型聖魔法の魔法術式を構築していくのだった。

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