第三話 傷心
「羊が三百六十七匹・・・羊が羊が・・・次は何匹でしたっけ?」(このおまじないは日本語でやっても意味がない、英語圏では寝る(sleep)と羊(sheep)の発音が似ているからこれを唱えるそうな)
『いいから寝てくれ。羊数えて努力してるのは分かる。けどよー逆に目がさえてないか?』
(だったらどうしろというのですか。私は体中痛くて眠れないんですよ。)
『まだベットに入ってから十五分だぜ。』
(とにかく体中が痛いんです。顔の傷みたいにすぐ直せないんですか?)
『できないことはないぜ。けどよーなんだかんだ傷ってやつは眠ったり安息にしている中自然回復させるのが一番無難なんだぜ。生命力を前借して一気に再生することは場合によっては寿命って名前の利子を払うハメになるって訳だ。まあ顔の傷で周りから疑いを持たれちゃ困るからそこだけは直してやったんだぜ。』
(・・・だったら明後日の体育の時間に胴体の青アザをクラスの女子たちの目にさらすことになりますよ。)
『ボクチャンを脅しているつもり?けどよーDV疑惑だなんだで困るのはハジメ君だぜ。ア~いーぜアザの色ぐらい薄くしてやる。』
(もう初戦から嫌になりますよ。今更ですがどうして私が選ばれたんですか?もっとマッチョな男を選ぶかシラコさんが私の頭を完全に支配下に置いて戦えばよかったと思うのですが。)
『だから前も言ったろ?ハジメ君には強い生命力がこもっていると。それと戦闘の際に体の運転をハジメ君に任せているのはボクチャンの力だけじゃハジメ君に複雑な動きをさせることができないからさ。けどよーハジメ君の脳波を頼りに動きを補正することはできるんだぜ。』
(そうですか。次にどんなのと戦うことになるかと思うと不安になりますよ。)
『そんなことよりボクチャンはハジメ君の栄養摂取に不安を覚えるぜ。今日は昼食を派手に吐くわ晩飯もろくに食わないわ。けどよー明日はいつもの倍は食ってもらうぜ。』
(傷心中の少女にたらふく食べろですか?)
『モッチモチ。ハジメ君のためだぜ。』
(考えるだけで吐き気がしますよ。そう言えばシラコさん、あなたはどんな姿をしているのですか?そろそろ姿を見せてもいいころだと思いますが。)
『ちょっと待てよ。今視覚野にアクセスするから。』
(これがシラコさんの真の姿ですか?なんというかマシュマロで人の脳と脊髄を再現したような・・・)
『よし寝たな。ヒトってやつは副交感神経(自律神経の一つ、心拍数を減らしたり消化を促進したりする、体が落ち着かくと出てくる)を刺激すりゃこうだ。』
朝六時半一家
「ハジメちゃんお・き・て♡起きてくれないとママがチューしちゃうわよん♡」
なんですかこの色っぽい声は。母さんなのは分かってますが。
「『ハジメちゃんはまだ眠いニャン。』」
「カッワイ~♡ますますチューしたくなってきちゃったわ♡」
(ちょっとシラコさん!?本当に勘弁してくださいっ!運転返してください!!)
『ハジメ君の体は休息を求めているぜ。あと四十分寝ても歩いて学校に行けるぜ。けどよー人間社会ってイかれてるぜ。健康なヒトってのはもっと早く寝て遅く起きるもんだぜ。この社会は貴重な生命ってやつの寿命を縮めてやがるぜ。』
(この歳でチューは嫌~!明日土曜日だからそこで寝ますから返して~返して~返して~)
『ったくわかったよ。返すぜ。けどよー眠りってやつは貯まらないってことは覚えておけ。』
私は母のキスを可憐なる側転でよけるとあわてて部屋を飛び出して身支度を終えました。この後すぐに家を飛び出したいところでありましたがシラコさんは案の定朝食を抜くことを許してくれませんでした。しかもよくかむように指導されて時間をかけて食べることとなってしまいました。
「イチさん行ってきます。」
「いってらっしゃいダーリン。」
そして私は例のキスを見せ付けられることとなったのです。また寿命が縮まりそうであります。その後家を出て小走りしたいところでありましたがシラコさんは走らせてくれませんでした。
(あの~早く学校に行きたいのですが。)
『ハジメ君はもっと自分の体を大切にしなさい。もっと早く寝てもっと遅く起きて、もちろん飯の丸呑み(作者もよくやる)も食後の激しい運動も控えろよ。』
(だからシラコさん私にはシンジ君・・・友達との約束があるから急ぎたいんですよ。)
『約束って他人の尻なめるだけだろ?科学とかいった科目だっけ?』
(なめるんじゃなくてふくんですよ。シラコさんは知らないようですけどね人間(生物学的なヒトのほかヒトの住むところや世間といったニュアンスも含まれている)って生き物は助け合うことによって繁栄してきたんですよ。)
『助け合って反映ね。けどよーハジメ君は助けてばっかで助けられたことあんのか?そもそも今の社会ってやつも助けてばっかのやつと助けられてばっかが固まってるぜ。バランスってやつがとれてたらこの国の自殺者はピー(伏字)万人なんかでないぜ。』
(とにかく急ぎたいのですが。)
『利己的であれとはいわねー。けどよーもっと自分のために生きたらどうだ?それともハジメ君は自ら他人の頼みごとを聞いて自らを痛めつけることを快感とするマゾヒストか?』(欧米人から見た日本のサラリーマンはマゾらしい)
(・・・あのですねーそれは女の子に対する口の聞き方ですか?デリカシーってものがまったく・・・)
『まあそんなにムキになるなって。ボクチャンは声を男っぽくしているだけで性別なんかのいのよん』(作者の頭の中では一ハジメの中の人は川澄綾子、シラコは下野紘)
カラミティー中学校についた私は気分が重くて重くて仕方なかったのであります。破ってしまった約束はひとつだけでしたがそのひとつの約束を破ったという罪悪感が一日中頭から離れなかったのであります。それよりも昨日の戦いのことを考えると上の空になって授業に集中できなかったことが最もまずいことだったかもしれません。私はこれからどうなるのでしょうか。また敵にボコボコにされてしまうのでしょうか?
つづく 立てハジメ、戦いは始まったばかり