魔と神と人 1異能力バトル漫画の主人公
『ホントに怪物なんているの?』
『いるかもしれないから鍛えるんだ』
『いなかったらこの修行、無駄だよね?
『いたら無駄にならないし、鍛えれば通り魔に遭遇しても大丈夫だ』
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「石神ロクトです。よろしくお願いします」
「じゃああそこの國源の後ろ、空席の隣の空席な」
「そこの席の女子はさ、今日は欠席なんだ。明日は来ると思うけど」
「そうなんだ。どんな子だろうな」
「教会にいる子だから関わるの やめといたほうがいいわよ」
そう言われると関わりたくなるんだよな。俺の尊敬する漫画の主人公もそうだ。孤立している子と仲良くすれば簡単に友達ができる。
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「僕がですか?」
「ああ、國源が適任だと思ってね」
今日は転校生がやってきて、クラスは盛り上がっていた。
当り障りのない黒髪茶目の純和な、今時珍しい普通の男子生徒。興味もなければ卒業まで対して関わることなく終わる印象しかない。
自分は文武両道で絵に描いたような優等生であり、教師に頼まれたことを断る理由もなく引き受けた。
学校案内の白羽の矢が立つのは当然のこと、彼はほくそ笑みながら、自信たっぷりに軽快なステップを踏む。
「ねえ國源くん」
女子生徒が二人、泣き出しそうな顔で声をかけてきた。
こういうことは前にも何度かあり、大抵が告白で返事をする前に向こうが諦める。女子の抜け駆け禁止協定とやらは面倒だ。
「僕になにか用?」
「この近くに住んでるって聞いたんだけど、最近この辺にヤバい女がいるらしいよ」
「そうなんだ……ヤバいってどういう?」
「刃物もってて、現代の口裂け女とかなんとか」
「忠告ありがとう」
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「石神くん、学校案内を頼まれて僕がすることになったよ」
「そうなんだ! いやー助かるよ。この学校有名な進学校で前のとこより広いからさ……」
「まあ初見は誰でも迷うから……未だに迷う人を知ってるが」
「へ?」
「なんでもないさ、まずどこから行こうか」
「じゃあトイレと保健室、それから食堂とプールの場所が知りたい」
「まあ合理的なチョイスだね」
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「彼は何者なんだ……」
転校生は行動にほとんど無駄がなく、まるで調査員のように場所の品定めをしていた。
「ただいま」
「おいトオウ、いま彼女来てるから外いってろよ!」
「うん、ごめん兄貴」
兄の恋人には見つかりたくない。早く逃げないとな。
「え、今のアンタの弟!? すごいイケメンなんだけどぉ」
「チッ……! 帰ったらみとけよ」
「……あ」
「んだぁ? みてんじゃねーぞクソアマ!」
「まあ、私は尼ですが」
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「ああ、神よ……罪深き私をお許しください。
先ほどはクラスメイトの……嗚呼、見てはいけないものを見てしまいました」
「カノン姉、あれ同じ学校の人じゃない?」
「あれ、本当」
不良に絡まれる黒髪の男子。これは見過ごすわけにはいかない。
「そこの不良! 神の鉄槌を喰らいなさい!」
「なんだこの女、神とか頭イカレてんじゃね?」
「よく見りゃ可愛いじゃん、一緒に医者行こうぜ」
「そこ病院じゃねえけど~」
「うぜぇ……」
「ぐえっ……なにしやがるこのっ!」
不良は彼に倒されて逃げていった様子。なんだか私の左手がヒリヒリするのはなぜ?
「俺は石神ロクト。助けてくれてマジ助かった」
「あなたが彼らを折檻なされた神様……?」
「それやったの君なんだけどな」
「弟の漫画にあった目立ちたくない系ですね、そういうことにしておきます!」
「敬語は堅苦しいからやめよう、君は同い年くらいだし?」
「……といわれ、私は敬語をやめる事にしたのだった」
「(こいつやべぇ)じゃあ!」
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「はあ……今日は泊まるところないな」
銀髪のヤバい子に俺が神だと嘘をついてでも頼んでおけば、タダで泊まることもできた気がしないでもない。
「ねーきいてよー例の化け物がまた出たらしいよ」
「それ口裂け女じゃなくてあの教会の子じゃない?」
「いやでも、刃物までは持ち歩く子じゃないし彼女が学校にいるときにも目撃情報はあったのよ」
この辺りに化け物がうろついているのか、異能力バトル漫画の主人公が最初に倒す敵っぽいな。
「もーお化けなんて信じてるの?」
「口裂け女は伝説でも、生身の刃物を持った人間がうろついてるわけじゃん?」
「そうだけどさぁ……」
「ボクシング部のマネージャーになって彼氏作らないとだな」
「今どきの男ぜってー彼女おいて逃げるっしょ」
こいつら友達以上、恋人未満って感じだな。
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「ちょっとーそんな弟クンのこと嫌いなの?」
「アイツおれを義母の連れ子だと思って見下してくんだよ!」
「あ、やっぱ親別なんだぁ」
「……んなにアイツがいいのかよ?」
「あんな天使系イケメンがこんなアバズレの相手にするわけないっしょ、すねんなー」
「……外行こうぜ」
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「シスター、もしくは牧師さま。自分を嫌う人の死を願うことは罪ですか?」
「手を下すことはもちろん罪です。しかし、心までは貴方を脅かしません。神はお赦しくださるでしょう」
声は男性のもので、話を聞いているのが牧師だとわかった。
「お話を聞いていただき、ありがとうございました」
それが誰かわかっても、指摘するのはナンセンスだろう。
「ねぇ……あれ、白のワンピにクソ長い髪……ヤバくない?」
「なんもいないじゃない、なにがヤバいって?」
「噂の口裂け……」
「んなもんいるわけないって……げふっ!」
「きゃ……」
「なんだあの人だかりは?」
事件でもあったのだろうか、もしや女子の言っていた例の?
家にはまだ帰りたくない。人の多くて安全そうな建物の中を探そう。
「あいつおっせーな」
「兄貴?」
なんで外で鉢合わせるんだ。こんなことなら化け物のほうがマシだ。そう思った瞬間、首にヒタリと冷たい何かが張り付いた。
「あ、おーい。コクモト!」
「白寺原さん?」
嫌な感触は気のせいだったんだろうか。そうであってほしいが、問題は兄のことだ。
「あの、悪いんだけど一緒に家の前まで着いてきてくれたりは……」
藁にもすがる思いというのはこのことだろう。彼女は教会の娘だし魔除けになりそうだ。
……さっきの嫌な視線は僕を見かけた兄のではない気がするんだ。
「あれが怖い?」
「何か見える?」
「そういうときは神様に祈りましょう」
「……勧誘?」
結局何がいるのかは濁されたけど、家まで着いてきてくれて、やはり何も起きない。
化け物なんていなかったんだ。学校へ行く荷物を一式抱える。私物はほとんどないのだ。
「まるで家出するみたいだね」
「鋭いね」
今日は両親が親戚のお通夜で帰らない。だからネットカフェに泊まろう。優等生が聞いてあきれる。
ほんとうに、どうして兄は僕を敵視するんだろう。
「コロシテアゲル」
「後ろ!」
「うあ……!」
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彼は咄嗟に身をよじり、抱き着いた化け物を突き飛ばす。そして持っていた竹刀を構える。
「これは人間じゃないよ下がって!」
向こうが人間に触れてもこちらは干渉できない。ゆえに竹刀は意味がない。
「國元君!」
「石神君」
「一応はサンクチュアリを作りましたが……どうしたら?
悪魔じゃないから十字架もきかない……いや、十字架を嫌うのは吸血鬼か」
「……マジでいたのか」
「石神君?」
彼は待っていたと言わんばかりに服の袖を捲ると腕には刻印が刻まれていた。
「あれは……」
どこかで見たことがあるきがする。思い出せないのは相当昔だからだろうか?
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「俺がやるよ」
「……まさか君も寺の子とか?」
「なんだそりゃ? まあ、いいか通用するかわかんないけど」
召喚媒体はなんでもいいって親父は言っていた。ならトランプでもいいか。
「ジョーカー! スペードのキング!」
とりあえず強そうなカードを呼び出す。ジョーカーは切り札でスペードは死を意味する。この状況には最適な意味だろう。
「どうすんだろ? とりあえずあれ倒してくんないかな……?」
「ふんふん……アンマンくれって」
「えーマジかよ……ちょっとだれかアンマン買ってきて!」
アンマンをゲットするまで化け物から逃げながら何もしない召喚物を引き連れて走る。
「コンビニ!」
「アンマン買ったけど」
それを投げつけるとようやく敵に攻撃を開始してくれた。
「トオウ……トオウ……!」
國源の写真がバラバラとこぼれてくる。触れないことから形を成した思念体のようなものだろう。
「……どうして僕の名を?」
「熱烈な愛ってやつじゃね」
「歪んでますね」
「もう……一人にし……」
「その姿は母さん?」
あいつ何言ってんだ? あれはさっきから同じ見た目のままだ。
「近づいちゃだめだ!」
「刃物が!」
咄嗟に教会ちゃんが十字架で防いだ。ようやく正気に戻った様子の國源は蒼白している。
「こんなこと聞くの悪いんだが、お前の母親は……生きてるのか?」
「……6歳のとき、病気で」
「あの化け物はお前の母親を取りこんでるみたいだな」
よく見れば邪悪な中に少し綺麗なものが混じっている。
「トオウ……ツライでしょ?イッショニ……」
「僕は死なないよ。どうしてうざい奴がいるからって僕が消えないといけないんだ!」
何やらふっきれた様子の國源は化け物に石を投げつけた。
「おいおい、おこらせるなよ。……もう倒していいか?」
「頼むよ……」
「よし、あいつを消滅させてくれ」
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あれから國源が気絶して財布を漁るわけにいかないので、教会へ運んだ。
「ここが教会か……なあ俺、実は契約するアパートの手違いで泊まるところがないんだ」
「それは大変! うちに来てください」
「でも神父様は?」
聞かなくていいのか? 厳かな場所だしな……。
「かまいませんよ。國源君も今日は帰り辛いだろう?」
「すいませんお世話になります!」
「パパもこういってるからどうぞどうぞ!」
「ありがとうございます」
目を覚ました國源がお礼を言った。神父様はなんのことを言ったのか、目の前のおいしそうな食事に疑問は吹っ飛んだ。
今夜は暖かい食事を貰い、柔らかな寝台で眠ることができた。寝ぼけてトイレと間違えて國源の部屋に入ったりもしたが、兄弟のいない俺はそれっぽい雰囲気を楽しんだ。
「おはよう学校いきましょう!」
「その制服、同じところだったか……」
「コクモトおはよう!」
「ああ、おはよう白寺原さん……と石神君も」
「おはよ」
三人で同じ家から登校する。周りから変な目で見られたのは教会だからか?
「ぐすん……二人も彼氏いたのか白寺原さん……」
「お前、趣味悪いな」
何言われてるんだろう。怖いから教室まで耳ふさいで歩こう。
「……まさか隣の席がアンタだったとはな」
「え、なんのこと?」
前の席は学校案内まで意識してなかった國源で、こんな漫画みたいな偶然あるのか?