罪人プライフォリア 一話
―――朝から目覚まし時計がうるさい。
「蒼義起きなさい迎えきてるわよ!!」
母さんがよんでいる。だるさとぼやける目をパチパチとしばたたかせ、あくまで擦る。
時計を見たら、やべえ。
「八時!?」
さっさと着替えて最低限のしたくをする。
「よ、三年寝タロウ」
「おはよー!」
幼馴染の黄是王獅、黒木ツキネが冷やかす。
「ああ、はよう」
よく待っていてくれたなと驚きつつ嬉しく思いながら返事をする。
「ところでソーギ、お前数学の宿題やったのかよ?」
「たりめーだろ」
数学の教師は中年男性教師ですぐカッとなるタイプだ。
生徒から嫌われているが、学年主任なので奴の出した宿題を忘れたとあらば成績に響く。
「あ、宿題やってない!!」
「マジか」
ツキネはドジるし忘れ物をするし料理は壊滅的にヘタで、部屋をかたづけられない奴だ。
金を払えばかたづけてくれるお掃除屋がやってくれるのでゴミ屋敷にはならないという。
うちは貧乏ではないが王獅やツキネの家より低所得家庭なので考えられない話である。
「嫁の貰い手ないぞ」
俺は冷ややかな目で、可愛そうな生き物に微かにあわれむ。
「いつか石油王が私をもらってくれるよ!!」
まあがんばれ、としか言えない。うちは貧乏ではない。
「お前、そんなんで将来どうするんだ」
昔は親達が王獅と俺どちらがツキネと結婚するかの話で盛り上がった。
いまとなっては王獅が父親と仲が悪く、ツキネの両親は海外にいて各自一人暮らしをしている。
両親が海外にいるとかまるでギャルゲーの主人公みたいな話だ。
「ほら」
王獅がそっけなくツキネに紙を渡す。
「あ数学のプリント!」
「名前書いとけよ」
「でも王獅がセンセに怒られるよ!」
「オレは別にいいが、お前はヤバイからな」
王獅の父は社長で仕事先は決まっているようなものだしな。
勉強も運動もダメでなんの取り柄もない哀れな少女にせめてもの施しといったところだろう。
「あ、そういえば王獅、婚約者ができたって聞いたんだけど」
「はあ?」
「ママがいってたよ?」
王獅の父はツキネの父と学友だったらしい。それを経由で聞いたのだろう。
「初耳だ。ツキネの老後を見れるのはお前だけだと思っていたんだがな」
もちろん俺は奴を面倒見るのはごめんこうむる。石油王はやくきてくれー!!
「おい、今何時だ?」
「やっべ!!」
■■
昼になり、中庭に集合した。
《はやく、はやく、気がついて》
「え」
「どうしたの」
――いま誰かの声がした。
「なんでもない」
「あ、そういや明日は三人分の誕生日会だね。二人は予定大丈夫?」
俺はクリスマス、王獅はイブ、ツキネは正月が誕生日なのでまとめてやるのが通例だ。
「ああ、つーかいつでも暇だしな」
王獅は食事に関心がなく、美味しくなさそうなゼリーを吸う。
「俺も予定ねーし」
彼女でもいたらクリスマスも変わるんだろうが。
まあとりあえず俺の弁当、冷凍の握りボールは超うまい。
「あ、休み時間もう終わっちゃったね」
■
放課後になり帰宅部の俺達はさっさと帰る。
「ソウギは将来なにになりたいの?」
「どうでも、強いていえば画家か?」
まあ何にも縛られたくないので、歩きまわって景色を見ながら絵を描くのもいい。
「で、そういうツキネはどーすんの」
「オサキマックラだぞ?」
「ん~私って視力が良いことしか取り柄ないし、アーチェリーの選手とかどう?」
アーチェリーなら走らないし勉強とは関係ないので、たしかにこいつでもやれるかもだ。
ゴルフは計算がキツいので無理だろうしな。
「ねえ」
知らない女子生徒がこちらにやってきた。
「三人はいつも仲よしだね」
「は?」
こいつはいきなりなんなんだ。
「二人いるんだから、一人アタシにちょーだい?」
女子生徒の体が何体動物のようにしなり、おぞましい笑みを浮かべる。
王獅に向かって黒い影が飛んでくる。
「危ない!!」
ツキネが王獅を突き飛ばす。
「きゃあああ!」
ツキネがその場に倒れ込むと、顔にへばりついた黒い影は吸い込まれていく。
気がつけば女子生徒も死んだように動かなくなった。
すぐさま救急車を呼ぶ。あいつは一人暮らしなので付き添いはいない。
「後はオレがやっとく、お前は親に心配される前に帰れ」
「ああ、目が覚めたら連絡くれ」
後ろ髪を引かれるような
思いで帰路につく。
家に帰ると食事が用意されていた。
「おかえり蒼義」
「いつもは早いのに、今日はめずらしいな」
ツキネの事を説明、通り魔に襲われたと言えばいいだろう。
「帰宅中に通り魔に襲われて、ツキネが病院で治療を受けているんだ」
たしかに通り魔だったが刺されたわけではない。あれはなんだったのか、現代が舞台のゲームによくいる主人公が巻き込まれる初期の異能力みたいだった。
「まあ!」
「心配だな……」
■■
「わかった」
目が覚めたと連絡が入り、面会へいく。
「やあ、君が昌慈蒼義くん?」
グレー髪の男がニコニコと話しかけてくる。
「どちらさまで?」
「僕は灰音」
「俺はあんたに面識はないんですけど、なんかようですか?」
さっさと無視して立ち去ろうと思っていると、辺りが急に静まりかえった。
「グリオネ!」
男は耳から黒い影を取り出す。緑のツタが張り巡らされ、行く手を阻む轍となった。
「お前の中にいる薔薇を枯らせば、僕が一番の木だ!!」
「なに意味わかんないことを……」
男は銃を構えている。人を撃つのは初めてなのか震えていた。
「まて、落ち着け」
「ぐあ……!」
足を撃たれ、身動きがとれなくなった。
このままでは殺されてしまう!!
《私と契約して》
「この声は……」
これは昨日の昼に耳にした声だ。
《行きたい……生きたい……》
「ああ、死ぬわけにはいかないんだ!!」
《契約をする?》
「ああ!!」
足から黒い何かが溢れ、中から白髪の美しい女性が出てくる。
「ちっ……」
男は彼女の姿を見ただけで、即刻立ち去った。
「あいつは、それに貴女はいったい?」
「私はリリーローズ。血で真っ赤に染める赤の薔薇」
■■
「来たか」
彼女の姿は俺にしか見えないらしい。
「あいつは、大丈夫なのか?」
変な女は武器ではなく黒い影をツキネに浴びせていた。
だから外傷ではないだろうと思う。
「ツキネ」
「蒼義なの?」
病室に入ると、ツキネは目を包帯で巻かれていた。
「あはは……唯一の取り柄なくなっちゃった!」
ツキネは王獅を庇ったことでああなったが、責めたりしなかったらしい。
■■
病院からの帰り道、俺も王獅も沈黙している。
このままあいつの目が見えなかったらどうするか。
俺達が話し合っても解決にはならないので聞くだけ無意味だ。
「そうだ」
「なんだよいきなり」
「あのときの黒い影を取り除けばいいんじゃないか?」
「黒い影?」
王獅には見えていなかったらしい。
「それが呪いってやつのせいなら、祓い屋でも呼べばいいのか?」
「見えてないお前に言っても信じないだろうが……」
病院に来る前に起きた事を話す。
「なんでそいつがお前を狙ったかは知らないが、昨日の女と関係あるんだろ?」
「だろうな」
ゲームなら悪の親玉が主人公を試すように差し向けた刺客と簡単に説明がつく。
しかし奴等は個人的な私欲に動いているようだった。
男を一人寄越せと言った昨日の女と、自分が一番だと言った男。
「七つの大罪……?」
「王獅、いきなりどうしたんだ」
「何か知らないが聞いた事もない単語が頭に浮かんだ。なんだよそれ」
「神様が決めた人間の罪って奴だ」
――まさか後五人、敵がいるんじゃないよな。
たった五人ととらえるべきか、五人もいると考えるほうがいいのか?
■■
ツキネは病院から家に帰った。
「いったた~」
手探りで室内を歩いては障害物にあたる。
「はあ……まさか前より酷い事になるなんて」
己のさらなる非力さにため息をつく。
ガタリ、庭で誰かの気配がする。彼女は視覚をなくし、その分他が鋭くなった。
カーテンをとると庭側の窓はガラス張りだ。
一人暮らしの上に目が見えない状況、見つかったらただ殺される。
ソファの裏に隠れているとガラスが割れて、辺りに飛び散る音がした。
「きゃあああああ!」
ツキネは堪えきれず悲鳴をあげた。
カツカツとヒールの足音が聞こえ、おそらく女だと判断する。
ガラスを割る時点で、男でも女でも危険人物には変わりない。
「誰か……助け」
ツキネは意識を手放しかける。
「おい!」
「誰だお前!」
二人の声が聞こえ、助かったと安堵する。
「うごくな!」
頭に冷たいなにかが当てられて、銃だとすぐに理解する。
「ツキネ!」
「来たら撃つわ」
《死にたくないか?》
「……死にたくない」
《後付与の念糸、我の器に仇なすか》
「あれ?」
真っ暗だった視界に光がさしている。包帯がほどけ、そこには割れたガラスで荒れた部屋があった。
「嘘……」
銃を突きつけた女は立ち去る。
「貴方は?」
真っ白の長い髪をした男。
「我は魔人王シロイリス」
「ツキネ、お前も……」
「そいつは一体なんだ?」