普通の領域と異常の線と境目 一話
どうして皆が普通で平等でないといけないの?
幼い僕は、なにも考えずに両親にたずねる。
『アナタは普通にしていたらいいのよ無駄に賢くなくていいの』
『異常者は、この世界には要らないんだ。父さんの言うことがわかるな?』
この世界には異常者は必要ないと、家族とは名ばかりの同居人に言われるのだった。
「あーアイドルみたいにかわいくなりたい!」
テレビを見ていた妹が叫びだす。
「お前は普通にかわいいよ」
「でも鼻がコンプなんだよ~普通じゃアイドルにはなれないの!」
「外人なんだからどうしようもないだろ」
コンプレックス、それは英語で劣等感を意味する言葉。
その前に別の単語をつけると、日本では意味が変わる不思議な言葉だ。
「お兄ちゃん大好き!」
俺の妹はもう高校生だが、常にベタベタしてくる。いわゆるブラコンであり普通ではない。
「はいはい、それはわかったからな。そろそろ学校いかないと遅刻するぞ」
夏なのに毎日暑苦しい。
「やーだー」
「駄々こねるな」
「それにほら、丁度友達が向かえに来てるしな」
「もーわかったよ」
どうやら俺は普通の人間ではないらしい。
僕は普通を強要され、異常というものを隠した。
学校に行く途中、何やら女の子が喧嘩をしている声が聴こえて来たので、野次馬をしに行く。
「異常者だとか優常者だとかアンタ達の勝手に決めた事じゃない!!」
紫がかった長い赤髪、黒で統一されたシスターのような衣服の女性は涙混じりに叫ぶ。
身体中を震わせながら長い銃と短いナイフを左右で握りながら後ずさっていた。
「異常者は排除すべき。」
白衣の天使の格好をした幼い少女は刃物を持ちながらユラユラと女性に迫る。
なんて冷たい目をしているんだ、まだ希望の持てる幼い少女は霞んだ目をしている。
まるですべてを諦めているようだ。
反対に異常者と罵られても抗おうとする黒衣の女性。
僕からすれば双方普通ではない、異常者の争い。
一般人なら逃げ出すような壮絶な場面である。
これが芝居か現実なのか、それはわからない。
この際どちらでも構わない。
“異常者と優遇者の戦い”僕はなぜだかそれを無視できないからだ。
無意識に二人の間に入り、ナースから黒衣の女性を庇うように立った。
「お嬢さん、人に刃物を向けちゃいけないって習わなかった?」
黒衣の女性は武器を床に置いて僕の背にしがみついて、虎の衣を借る狐の如くさっきまで脅え震え泣き喚いていたとは思えないほど強気に言った。
「あなたも銃やナイフを向けてた」
「正当防衛よ!!」
「あなたも異常者…消えてもらう」
少女はターゲットを僕に変更したらしい。
「《それは違う。お前が異常者だ》」
反射的に頭に浮かんだ言葉、それを目の前の幼い少女に言い捨てた。
今のは誰だ自分ではない。
自分ではない誰かに支配された言動、それがとても嫌な感覚だった。
あれは自分ではないと肯定したいのに、不思議と今のが本当の自分だったように思えてならない。
「うっ頭が痛い…」
突如ナース服の小女は頭部をおさえ、膝をつく。
「今のうちに逃げるわよ!!」
目の前の女性は年下の少女に脅され、これだけ怯えていたのに、いざ弱った相手に情けをかけるのだろうか?
「止めを差すか武器を取り上げて拘束しないの?」
さすがに冗談だが我ながら悪役の演技がうまいと思う。
しかしまた物騒な物を向けられたら、不安でたまらなかった。
僕は黒衣の女性に手を引かれ騒ぎに気づかれないように路地裏に逃げ込む。
「こんな時に難だけど僕は西塔朱、高一」
「シュウね、私はサユリ=マリア=サイバラ、年は17よ」
女性はシスター帽を外してロングスカートの裾をもち頭を下げた。
彼女は顔を上げると内側に巻かれたオレンジやピンクとも違う薄い赤の髪がさらりと揺れる。
こんな綺麗な髪初めて見た。
「暫くここで体力を回復しましょう」
どうして僕まで逃げなきゃいけなくなったんだ。
この少女を助けてよかったのだろうか、なぜ助けてしまったのか――――――
「おまえ達、そこで何をしている」
僕達の前には高いヒールに黒皮の手袋とタイトな衣服の仮面の女が木馬に乗って現れた。
木馬には気を失っているナースも乗っている。
ピシャリと鞭を叩きつける音に心臓が跳ねる。
サユリは大丈夫だろうかと心配したが、すでにガタガタ震えながら僕の腕にしがみついていた。
「あの蝶々怖い…怖いよ…」
「そこ?」
どう考えても鞭のほうが恐ろしい。
「こちらエージェント=ケイラ、異常者の女と判断の難しい男がいる」
ケイラという謎の女は通信機で情報を流す。
ケイラという女は通信を終えてナース姿の少女をドサリと床に落とす。
「おい、エージェント=ジェニファー、起きろこの腑抜け」
ケイラはヒールで少女の肩甲骨をぐりぐりと踏みつぶす。
「変な奴よ!!走って!」
ナースの少女はケイラの部下なのか、つまり二人とも僕らを殺しに来た敵である。
相手は木製の馬に乗っていて追い付かれれば轢き殺されてしまうのではないか?
どうする―――――?
“馬を奪えばいいのか”
「シュウ!?」
朱の掌から釜のようなものが現れた。
「なんだそれは…」
まるで、死神のようなそれは、馬の足に振りかざされた。
馬に傷はないが、足の動きは完全に制止した。
倒れるわけではない、その場にただ、直立しているのだ。
「この武器は…なに?」
マリアは目を見開いて、真の異質を目の当たりにするのだった。
「くそっ!!うごけ!!この駄馬!!」
ケイラは予期せぬ失態に、冷静さを無くし、動けぬ馬の上で足掻いた。
「…今すぐ引けよ」
朱は人のする顔とは到底言い表せないような、狂気にかられた皮面で威圧した。
ケイラはジェニファーの髪を掴み、馬の足を蹴って無理やりその場からうごかした。
「シュウ?」
正気ではない朱の言動に、マリアは心配になる。
朱は力が抜けるように膝をついた。
「僕は一体…?」
朱は無意識に鎌を出現させ、脅してしまった。
今まで認めてこなかった、異質。
自分が普通ではないと、はっきり自覚するのだった。
「お帰りお兄ちゃん!!」
「ああ、ただいま。サユリさん、妹です」
「こんにちは」
「え誰その人?」
キリナは目を丸くしている。
「サユリさんっていうんだけど、さっき暴漢から助けたんだ」
「そうなの」
「えー大丈夫ですかー!?」
とりあえずリビングにあがってもらう。
「ご両親は?」
「父は仕事で母は親戚に不幸があったとかでお葬式に出てるです」
「まあ私たちは知らない親戚だし学校があるからねー」
「ああ」
「そうなの」
「おねえさんってシスターなの?」
「え、ああ……そうなのよ」
それコスプレじゃなかったのかよ。
「えっとテレビで見たんですけどーシスターって恋愛とか結婚禁止なんでしょ?」
「ええそうよ。日本の巫女の場合は神の嫁と言われるのだけどシスターは嫁ではなくて、父を慕う子みたいなものなの」
「へー恋できないなんて私なら耐えられないなあ」
――恋だの愛だのくだらないな。なんて思う時点で僕はまともではない。
「妹がいていいわね、普通の女子高生って感じで羨ましいわ」